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狐男子の月夜のお茶会
それはミシェルにアーリーがサランジェへと里帰りしていた時のこと、氷の美貌の大公殿下が、思いついたとひと言。珍しくもその銀の尻尾をふわりとご機嫌に一振りして。
「東方では満月を愛でて、お菓子を食べる集いがあるそうです。皆が集まったこの満月の夜に、お茶会をしましょう」
「少し甘いお酒も用意して」などというレティシアに「それはいいな」と声をあげたのは、夫であるロシュフォールであったが。
「あなたはダメです」
「なんでだ!」
「この集まりは私とミシェルにアーリー、シェナのみです。夫君達は夫君達で酒盛りでもしてください」
かくして旦那達?をしめだしての、狐男子のみの夜のお茶会とあいなった。
場所はサランジェの王宮の後宮。今やシエナのお城となっている皇太子妃のサロン。
サロンと名付けられているが、そこにあるのは小さな居心地の良い食卓に、それに付属するこれまた小さな台所だ。昔はそのお菓子によって王の心をとらえたという寵姫が使っていたのものを、シエナが譲り受けた。
急なお茶会ということで、王室御用達の菓子店からマカロンやボンボン、ショコラなどを取り寄せて、シエナは二種類のケーキを焼き上げた。
一つはレティシアが気に入りの修道院風のレモンタルト。もう一つはミシェルだけでなく、その兄にしてサランジェの皇太子でシエナの夫でもあるランベールの好物であるアップルパイ。
ただし、この集まりのアップルパイはスパイスは控えめにして蜂蜜が多めの味付けだ。ランベールが好きなのは、シナモンが強めで火酒も使った、ちょっと子供には食べさせられないもの。
実は大公レティシアの夫である大王ロシュフォールも大好物なのだ。これをつまみに父王と皇太子の二人は酒盛りをすることもある。
そう、シエナが密かに焼き上げたもう一つの大人の男のためのアップルパイは、レティシアの一声で締め出された旦那達の酒の肴に提供されているはずだ。金獅子の王と皇太子に、ミシェルの夫である北の銀狼王のクリストフ、そしてアーリーの夫である黒獅子殿下マルタにも。
さてさて「どうして自分達は仲間はずれ」と拗ねながらアップルパイをかじる金獅子親子はほうっておいて、狐男子のお茶会は素敵なお菓子とケーキを前に花盛り。
ふわふわ波打つ銀髪に頭の上の銀の大きな耳をくるくるさせて、ミシェルが「僕、このレモンタルトも好き」と笑顔を見せる。それに、息子と違ってさらりと真っ直ぐな銀糸を揺らして「いつものながら絶品ですね」とレティシアが、とても大きな息子がいるとは思えない美貌で微笑む。
「このアップルパイの作り方を教えていただけませんか?」と白狐のアーリーが訊ねれば、黒髪に黒い瞳、耳も尻尾も真っ黒に対して水色のドレスと白いひらひらレースのエプロンが似合うシエナが「えーと、まずアーリー様、りんごの皮をむくことがお出来になられますか?」とジャガイモに直角にナイフを突き立てようとした、銀狐親子の心配の経験から訊ねた。そうレティシアとミシェルは、シエナの料理を手伝おうとして、同じようにジャガイモを刺殺しようとしたのだ。
そして、シエナはかわいらしいドレス姿をして、皇太子妃と呼ばれているが、周りでわいわいする綺麗な狐達と同じく男子だ。そう、この綺麗で可愛い狐たちは全員男子なのだが、その光景はどんな美貌の姫様方が集まったお茶会でもかないませんわ~と壁際に控える、それぞれのお付きのメイド達がうっとりと見ている。
元気なミシェルが「提案!」と手をあげる。
「せっかく旦那様は締め出して集まったんだから。悪口言っちゃお~」
イタズラっぽく笑う彼に、母であるレティシアが「ならば、口火をきったあなたが一番最初に言うべきですよ」と口を開く。
「僕?えーと、クリスは変わらず僕にも子供達にも優しいし、強いし、かっこいいし……」
「それでは悪口になってませんよ」
「え~だって、僕、クリスのこと大好きなんだもの!」
唇をとがらせるミシェルは大変愛らしい。これでも二児の母であるが。「二人はどうなの?」とふられたアーリーとシエナは。
「マルタ様はとてもご立派で素敵な方です」
「殿下はいつも大きな愛情でわたしも子供達も包んでくださいます。文句などありません」
白狐と黒狐の二人とも頬を染める様は初々しいが、こちらも一児の母達である。
「母様はどうなの?」
ミシェルがそこでレティシアにふる。普段からこの大公にして王の参謀は、夫である金獅子に「あなた馬鹿ですか?」と面と向かって言ってはばからない冷徹さなのだ。さぞかし文句があるだろうか?と思えば。
「ありませんよ」
「え?普段あれだけ父様をやり込めているのに?」
「それは参謀としてです。王が判断を誤らないように、厳しい助言をしなくてなにが家臣ですか」
ふ……と氷の参謀と呼ばれる顔をレティシアはのぞかせて、しかし、次の瞬間には穏やかに微笑んで。
「ですが、妻としてはそういった甘いところも欠点もすべて好ましいと思っているのですよ。
それが愛しているということでしょう?」
頬を赤らめるでもなく堂々と言い切った偉大なる大公殿下に、他の狐男子達はさすが……と思ったのだった。
さて翌日、酒盛りの深酒が過ぎて、二日酔いの頭を抱える大王の頭に、「あなた馬鹿ですか?」という氷の参謀殿の絶対零度の声が響いたとか。
END
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