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断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました
尊敬する大叔父の言葉は三つ。
「破滅の時は必ずやってくる」
「悪手を打っても生き残れ」
「おのれが誇りに殉じて死ね」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「レティシア・エル・ベンシェトリ。あなたは陛下の十三番目の愛妾として相応しくありませんわ!」
青みがかった銀の髪に氷のような蒼の瞳。完璧な人形のように整った白皙の美貌に、にこりとも笑わぬ彼女は、氷の人形とも言われていた。彼女を初夜の床で抱く花婿は、凍り付いて死ぬのではないか?なんて、陰口が叩かれるほどに。
そしてその頭の上には銀色のキツネの耳が、ドレスの後ろにはふさふさとした銀色の輝く尾があるが、普通ならば感情を表す、その尾さえぴくりとも動かないのであった。
エルマレ辺境伯の息女レティシアは、珍しい銀狐であり、今宵、このサランジェ王国八十四代目国王、ロシュフォール・ラ・ジルの愛妾としての御披露目の夜会のあと、床入りの儀式をし、正式に国王の妻の一人となることが決まっていた。
その国王陛下であるが、御披露目の夜会で金泥に赤いふかふかの椅子に腰掛けて、つまらなそうに足をぶらぶらさせている。金の巻き毛の輝くばかりの美少年だ。その頭には獅子の丸い耳が、そして半ズボン(キュロット)の尻からも、特徴的な尾が揺れる。
見た目、十歳前後の子供であるが、実際の歳は二十歳、立派な成人である。とある理由から、彼は成長することを拒んでいた。
その彼が大人の男となり、お世継ぎを……という希望により、両手の指で足りぬほどの愛妾が送られてきていたが、未だ王は子供の姿のまま。誰一人して彼を男にすることに成功していなかった。
そんな中、十三番目の愛妾として入城することになったレティシアは、最古参の三番目の愛妾であるドミニク・ド・モロゼックから、糾弾を受けていた。彼女の頭の上にある金色の狐の耳はピンと立ち、尻尾もまた勝ち誇ったかのように上向きに揺れていた。その身を包むドレスに耳飾りや首飾りもなにもかもが、レティシアよりも遥かに豪奢にきらめいていた。
それでも、レティシアの凍えるような美貌は、そのような宝石に負けてはいなかったが。
ドミニクはレティシアが黙りこんでいるのをいいことに、つらつらといかに彼女が陛下の愛妾として相応しくないかあげつらっていった。
毎夜のとっかえひっかえの男との不行状。仮面舞踏会での乱交に、果ては聖職者の美青年を誘惑して、道を誤らせようとしたなどなどだ。
証言者の男性もいると、彼女の後ろに立つ若い貴公子達が、自分は恐ろしい罪を犯してしまったと、告白した。まさか、彼女が陛下の愛妾に“内定”
していたとは知らなかったと、そんな女がこの大陸で一番古く歴史ある国であるサランジェ王国の愛妾となるなど、なんという罪深さ。だから己の恥をあえて告白すると。
自分はなにも知らず魅力的な女に誘惑されたのだと懺悔すれば、宮廷内における恋愛遊戯において男性側は大目にみられるものだ。彼らはおとがめなしとされて、放蕩した娘の罪だけが問われるからこそ“共謀”したのだろう。
ドミニクは赤い紅で彩られた唇をゆがませて、レティシアが王国を裏切った大罪人であり、そっこく牢に放り込むべしとさけんでいる。
さらには自分は誰の男とも知れない子を身籠もっていて、それを陛下の嫡子といつわり産むつもりだったとも……だ。いや、実際の陛下の年齢はともかく、お姿は十歳の子供なのだ。そんなのでお役に立つかどうか……とレティシアはつい、品格のないことを考えてしまう。
「残念ですが、わたくしは子を身籠もることは出来ません」
ようやく口を開いたレティシアの声も態度も冷静であるのに、ドミニクは気に入らないとばかり「ふん」と鼻を鳴らした。「堕胎薬の使いすぎで、石女(うまずめ)になったとでも?」と貴婦人とは思えないような発言に聞こえるが、なに宮廷の噂などこれより下品な話題がごろごろと転がっている。
「いえ、わたくしは避妊薬を使ったことはありません」
どうやら覚悟を決めるときが来たようだ。
「破滅の時は必ずやってくる」
と、今は亡き大叔父の言葉が頭の中で反響する。かつての黒髪が銀色に光る白髪となってなお、かくしゃくたる老人であり、かつては無双と呼ばれた黒狼の魔法騎士であった。レティシアにも魔法と剣を手ほどきしてくれた。そして。
「悪手を打っても生き残れ」
とも。たしかにこれは最悪の手かもしれない。大叔父と楽しんだチェスを思い出す。自分が有利になる度に、盤をひっくりかえして不利な状況からまた立て直す。
しかし、こうなっては助かる手はこの一つしかない。衛兵達が背後から近づいてくるのがわかる。どのように弁明しようとも、このまま引きずられて地下牢行きだ。
言葉だけでは足りない。“事実”を突きつけなければ。
「避妊薬も必要ないって、あなた本当に生来の石女?それなら殿方とやりほうだいね」と高笑いするドミニクと、その遥か後ろでつまらなそうに足をぶらつかせるロシュフォールの子供のような姿が見える。
「私、男ですから」
最近流行の二つの胸の膨らみの上半分をさらすような、そんなはしたないドレスではなく、胸元をきっちりおおった古くさいドレスの胸元のボタンを外し、胸の二つの詰め物も放り投げて、レティシアは真っ平らな、どこからどう見ても男の胸をさらした。
「はあああああああっ!?」とドミニクは目玉がこぼれそうなほど目を見開く。広間にいた貴族達も同じような表情であるし、今の今まで、まったく関心なさげにしていた、ロシュフォールもまた、その子供らしい大きな黄金の瞳を丸くしてこちらを見ている。
「さて、ドミニク様。男である私が、その殿方達をどうやって誘惑したのです?あげく、どこをどう逆立ちして神様の摂理に反して、子供を身籠もれたと?」
形勢は一気に逆転して、ドミニクとその後ろに下僕のようにしたがう貴族の子息達は、青くなって口をぱくぱくさせている。それでもしぼり出すように「男でありながら、女の姿で世間を騙していたなど……」と言っている者もいる。
たしかにそれで国王の愛妾として王宮にあがろうとした、レティシアの罪も重いが、あらぬ罪をでっち上げてレティシアを陥れようとしたドミニクとその取り巻きの罪とてもどっこいだ。
しかし、この場をどうやっておさめるべきか?という、気まずい沈黙が満ちた広間の静寂を破ったのは、大勢の足音に広間の赤と金で彩られた両開きの扉が乱暴に開かれる音。
乗り込んできたのは赤い近衛の制服を着た騎士達と、それを率いている壮年のギイ・ドゥ・テデスキ公爵。王族の証である獅子の耳と尻尾を持つ、赤銅色のたてがみのような髪と顔の下半分を覆う髭生やした堂々たる体躯の男だ。椅子から思わず飛び降りたロシュフォールが「叔父上?」と声をかける。
「このような茶番をいつまで続けるつもりだ」
それは獅子の吠えるような声であった。そしてロシュフォールをギイはひたりと見すえた。
「とっくに成人している年齢だというのに、子供の姿のまま、政を大臣や貴族共のおもうがままにさせ、次の王を成すという義務さえ果たさぬ偽幼君などいらぬ!
ロシュフォール、お前にたいし憎しみはないが、一つの玉座には一人しか座ることは出来ぬ!その命、この俺の手で刈り取ってやろう!」
国王に剣を向けるなど反逆罪だ。だが、腰の剣を抜き放ち、大股で歩み寄るギイの行く手を遮る者などいない。どころか、誰一人、王を守らず着飾った貴族達は逃げまどう。大広間のすべての入り口を押さえた公爵配下の近衛の兵士達に槍をむけられて、みな青ざめ固まっているが。
そんな中、すっ……と動いたのはレティシアだった。彼は己に風の魔法をかけて滑るように、公爵の後ろに従う、狼の耳と尻尾を持つ騎士の一人から腰の剣を抜いて奪い取った。
その騎士があわてて、手を伸ばすがこれを容赦なく剣の腹でたたき伏せた。ゴキリと嫌な音がしたから、骨が折れたのだろう。騎士がうめいて腕を抱えてうずくまる。
他の騎士達がレティシアの前に立ちはだかろうとするが、これを剣に魔力をのせた一振りでかまいたちを起こす。突然の突風と、腕や顔を見えない鋭いカミソリの刃で肌切られて、その痛みに彼らはひるむ。致命傷ではないが、すきを作るには十分だ。
レティシアはドレスの下の木枠のパニエの重さなど全く感じさせない動きで跳ぶ。我先にと逃げ惑う貴族達が誰一人守ろうとしなかった、ロシュフォール。幼い姿の王の前に立つ。
恐怖で涙で潤んだ大きな黄金の瞳と、レティシアのどこまでも冷静で清んだ蒼の瞳が重なったのは一瞬だった。
彼はくるりと小さな王をその背にかばうようにして、向き直った。近衛の騎士達を後ろに引き連れて、自分達の前に立つ、赤銅色の獅子の公爵に。
「誰もが自分の王を捨てて逃げ惑う者の中、残ったのは娘……いや、青二才一人か?」
ギイの赤銅色の瞳が、レティシアのドレスのはだけた胸元を見てから、また白いその顔に戻る。威圧感のある獅子の瞳の視線を、レティシアは鏡のような蒼の瞳で跳ね返した。
「たった一人、その頼りない王を守ろうとする気概はみとめてやる。命は助けてやるから、そこを退け」
「お断りします」
レティシアは即答した。背後にかばったロシュフォールが少年の甲高い小さな声でつぶやく。
「お前、殺されるぞ。どうして、僕などかばうんだ?」
「あなたが王だからです」
レティシアが一瞬振り返って告げ、そして、目の前の男に向き直った。
彼にとってはそれ以外の理由などなかった。この幼い子供の容姿をした者は王であり、貴族である自分は彼を守る“義務”がある。
父でも母でもなく、唯一、敬愛する人物である大叔父は言っていた。
「おのれの誇りに殉じて死ね」
と。
ならば、レティシアは自分の誇りに従う。誰もが見捨てたこの子供の姿をした王を守ると。なぜなら彼は王であり、この国に生まれた魔法騎士たる自分が守るべき王だ。
それは盲目の忠誠心などではなく、貴族たる者の義務である。
「その子供の皮を被った臆病者が王というだけで、お前は守るというのか?」
からからとギイは笑う。「王か、王か、そうか王か」と赤銅色の瞳をギラリと光らせる。
「ならば、俺はお前という薄っぺらな盾を跳ね飛ばし、その小僧の首をはねて、己の力で己の頭に王冠を載せるのみだ。俺が王となる」
もはやどんな言葉も二人のあいだには、無意味であると。お互い剣を構え、戦う者同士、すべてを悟った空気がそこにあった。
「少し、お待ちくださいますか?」
「なんだ、臆病風に吹かれたか?」
「いえ、この窮屈なドレスとパニエを脱ぐ時間をください。公爵閣下は戦いやすいお姿だというのに、私のこの姿はあまりにも不利でしょう?」
「ん、まあそうだな」
腕組みをしたギイを前に、レティシアは、そのドレスを脱ぐのではなく、己の剣でひき裂いた。後ろのボタンを世話係のメイドに外してくれと頼めない以上、これが一番素早いからだ。
パニエもコルセットの紐も切って、そして白く裾の長い下着姿となる。ほっそりとした姿は、ギイが言う通りにまったく頼りなく薄い盾に見えた。背後に震える小さな子どもの姿をした王様を守る。
だが、レティシアの蒼い瞳には静かな炎が揺れていた。目の前の威圧を漂わせる赤銅の獅子の姿にも、この氷の銀狐は一歩も引かず、すっくと立つ姿はどんな強風に吹かれようとも、散らない白い百合を思わせる。
下着姿になってみれば、その細いが真っ直ぐな身体の線は十七歳の小柄な少年のものであった。本来はあられもない倒錯的な姿であるというのに、その美しさにギイの後ろにいた近衛の騎士達も、一瞬見とれて、そしてハッと我に返ったように険しい表情をとりつくろう。
これには「ほう」とギイは目を細め。
「やはり散らすには惜しいな。俺が王となれば、お前を男子に戻し、我が近衛の騎士として迎えてもよいが?」
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