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爪に色を乗せる前に爪先の汚れを石鹸で落として、消毒液で丁寧に拭く。次に甘皮を小さな鋏で丁寧に取り、透明なベースカラーを塗って順に色をのせていった。
私達は無言で、ひとつ目の爪先でひとつの夏が完結するまでずっと話さなかった。
聞こえていたのは、近くで遊ぶ子供の声と郵便配達のバイクが走って行く音。そして、私にだけ聞こえている心音。もし、指先から心音が聞こえるなら、きっと湊のはいつもと同じ速さなんだろう。速いのもやっぱり私だけ――――
「美優、どうした?」
「煩い、黙って。集中してる」
「…ごめん」
へたに慰められたら、デートなんて行かないでって縋り付いて泣いちゃうんだよ、私は。
流れ出た涙を自分で拭った。湊は何も言わずに黙った。そうそれでいいの、黙って、見なかったふりをして。
一時間後。
「終わったよ」
私はそう言って、いつもと同じように湊に微笑んだ。プロのネイリストならプライベートには必要以上に踏み込まない。きっと笑みすらも練習だから。
でも、湊は微笑み返してくれない。
ただ心配げに私を見ている。
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