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私は地球から遠く遠く遠く、訳が分からないほど遠くにある星からやってきた。目的はもちろん、地球征服だ。 我が星のヒミツケッ社が開発した対星生命体消失分解装置“ミナキエール2020”を使えば、地球くらいの発展途上星はすぐに我々のものになるだろう。しかし、宇宙連邦の存在も知らないような未発達の星には、他星からの介入が固く禁じられている。だから、今我々はきたるべき時のために、こうやって地球に【種】を蒔いているのである。そういう意味でいうなれば、私は種まき職人とでも呼ばれるのだろうか。私、そして我が部隊は地球にこっそり侵入し、地球人のデータを集め歩き、地球人という存在に関するあらゆる情報を得る。時には、地球人の突出した優良遺伝子を採取する事もある。 要するに、まぁ、私が今ココにいるのはそういう訳だ。理解できないのならそれでも良いだろう。私はまだまだニホンゴの習得途中だからな。気に病むことはない。 「佐藤さん?」 「あ、あぁ。なんデスか」 「夕餉の支度が出来ましたよ。」 いつの間にか1人でボーっと夏空を眺めていたようだ。既に帳は落ち、見渡す限りの河川敷は薄暗い闇に包まれていた。 「ユーゲ?」 「晩ご飯の事です。ご飯」 「ああ、ご飯。ニホンゴは難しい。」 「今の人はあまり使いませんからねぇ。」 そうして、ふふ、と静かに微笑むレイは、ちゃぶ台に2人分のユーゲが載るお盆を置く。流れるようなその動きは、まるでレイの手からお盆が滑り落ちたかのようだった。 「いつもスミマセン。」 「いぃえ。僕も1人で寂しかったんですから、おあいこです。」 「おあいこデスね。」 「はい、おあいこです。」 今度は2人で微笑み合う。 地球人に扮しての生活は、なかなかに快適だった。 せっかくレイが手料理を振る舞ってくれたのだが、私には味覚という器官が無いため味が一切分からない。その事をレイに伝えると、レイは「味音痴なんですね」と目を光らせ、以来時間をかけて“美味しいご飯”を作り私に食べさせている。 「どうです?味の方は」 「美味しい…デス」 一生懸命作ってくれたレイへの感謝を込めて精一杯の嘘を述べるのだが、レイにはすぐにバレてしまう。今日もまた、私の言葉を聞いて、悲しげに目を伏せる。感謝も勿論だが何より、そんなレイの姿を見たくなくて私は言葉を重ねた。 「美味しいデス。本当に。色も綺麗だ。」 「…えぇ。ありがとうございます。」 あぁ、そんなに無理やり笑わなくても。私まで悲しくなってくる。 「スミマセン…」 「おや、佐藤さんが謝ることありませんよ。…明日は、少し味付けを変えてみましょう。ね?」 「…ハイ」 「そんな顔なさらずに。早く召し上がってくれないと私も夕餉が食べれないのですが」 「あっ!!そうでした!!!い、頂きます」 「はい」 レイは私とご飯を共にしない。家主は客人の後にご飯を食べなければならないと躾られたそうだ。よく知らないが、さすがは礼儀の国、日本だ。レイにユーゲを食べてもらうために急いでご飯を口にかき込む。当然のごとくといおうか、勢い余って食道でない器官に米が入り、私は思い切り咳き込んだ。一瞬の嘔吐感を堪えながらレイを覗き見れば、心配したような、呆れたような、慈しむような複雑な笑顔でこちらを見ている。目が合えば、今度は堪えきれないというように吹き出して笑った。 今度のレイの笑顔はいつもの花のような笑顔だったので、苦しみながらも私は深い安堵を覚えた。 可憐な花。ベランダに咲いている秋桜のようだ。 “可憐”という言葉を覚えるキッカケとなった、レイの部屋のベランダに咲く花は、レイの奥ゆかしい笑顔を見る度に私の脳裏によぎっていくのだ。
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