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“愛する人”
私の秋桜の、愛する人。
可憐な秋桜が、唯一人想う人。
この感情はどう表現したらよいのだろう。嫉妬、困惑、激情、落胆、不快感…まとめていうのならば、あらゆる負の感情。
体中の血液が荒れ狂い、沸騰して破裂して…でも、どこか冷静で、体中の感覚という感覚を冷やして回る自分がいる。とにかく、人間が自分の体温を感情によってコントロールできるという新たな発見をした。発見の喜びなど欠片も無いが、な。
「すみません。僕ってば馬鹿な事を…ささ、食後のお饅頭でも召し上がってくださいな。」
「レイ、コッチを向いて」
「あ、少し待っててくださいね。今」
「レイ」
「…」
「…」
ゆっくりとこちらを向くレイは、もうすぐ死んでしまうかのような真っ青な顔色をしていた。つぶらな瞳からは、今にも零れ落ちそうな涙がかろうじてその縁にとどまっている。
「私の星に一緒に来てクダサイ。私と一緒に、暮らしてクダサイ。」
発展途上星の地球人に何を言っているのだろう。馬鹿げている。そうとも馬鹿げている。鬼の攪乱。隣の芝生は青い。習ったばかりのことわざが頭を駆け巡る。私は馬鹿だ。でも、
「愛しています」
この星に来て初めて使った単語。レクチャーでも冗談まじりで使って笑っていた、愛を伝える言葉。正直、この言葉を教えてもらっていた事をこれほど感謝するとは考えてもみなかった。
「レイ、愛しています。」
「ご冗談を」
「ご冗談ではありません。私は貴方を愛しています。一緒に、死ぬまで、私の星で共に暮らしてクダサイ。」
「星?…国の事でしょうか。僕は此処を出る気はありません。他を当たってくださいな。」
「貴方が良いのデス。レイ、レイが良いのデス。」
私はこれ以上愛を伝える言葉を持っていない。左右に忙しなく揺れ動くレイの瞳を見つめながら、馬鹿のひとつ覚えのように繰り返すしかないのだ。
「レイ、愛しています。」
「…」
とうとう彼の目から零れ落ちた涙は、片手で顔を覆ったレイのせいで一瞬しか見ることは出来なかった。私の視線から逃れるように、レイは背を向ける。
「レイ…」
「…大丈夫です。すみません。」
「レイの大丈夫は大丈夫じゃない。すみませんは口癖だ。」
「あは、は。…そうかもしれませんね。」
「レイ」
その華奢な背中と細い首筋に、私の中にある何かが突き動かされ、そのままその体を私の両腕で包み込んだ。
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