終わり

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終わり

****・****・****・** 狭い台所に立って、レイは先ほど客人が残さず食べた夕食のお皿をじっと見つめていた。そして、部屋にあるラジオで一生懸命日本語の勉強をしている佐藤に気づかれないよう小さなため息を吐き呟く。 「なんで死なないんだろう…」 皿に残るベタついた液体は洗濯洗剤を水で溶かしたもの。今日は更に大家のお婆さん宅からくすねてきた殺虫剤も粉チーズのようにふりかけたのに。そこまで考えて、また客人をちらりと見やる。 「給料3ヶ月分…、結婚。冠婚葬祭…。…うん、俺の味噌汁を作ってクダサイ。」 覚えた言葉はやけに偏りがちだが、それを訂正する気も失せる。それはおそらく、彼がレイに伝えるために覚えようと必死になっているからであろう。レイに愛を伝えようと…。 「馬鹿馬鹿しい…」 レイは小さく首を振る。永遠の愛などありはしないのだ。どれほど愛の言葉を伝えても、体を重ねて愛し合っても、所詮人間は嘘をつく生き物。他者に不用意に投げかけた睦言の責任も取らず、ある日突然感情を翻して居なくなるのだ。 彼のように。 いつの間にか宙に浮いていた皿は、これまた宙に浮いている布巾で軽く拭われる。朝食の仕込みをしなければと、もう一度客人の様子を確認した後、レイは体を浮かせて天井に近づく。天井の壁にぶつかる事も恐れずに浮き上がれば、その体は天井をすり抜け、2階に住む住人の部屋までするりと身を寄せた。 しばらく作業をし、ゆっくり自分の部屋に戻ってきたレイの周りには、コンビニに売っているサンドイッチが浮いている。その包みが無造作に破られ、中身がひとりでに先ほど拭いた皿に載る。レイがす、と手を伸ばせば、その先にある殺虫剤が近づき、中身がサンドイッチにまぶされる。折り重なるサンドイッチのパンの上の部分が鍋の蓋のように開けば、水道の蛇口にこびり付いていた錆が吸い込まれるように具に混ざっていった。 騙されない、騙されない…。 呪文のように呟きながら、サンドイッチと同じように自身の感情に蓋をする。明日の朝食が完成すると共に、レイはその小さな頭をゆるゆるとふって、思考を切り替えた。 「そういえば、佐藤さん」 「ハイ」 「貴方の下の名前はなんというのですか?」 「私の名前は…あ、佐藤しか決めてませんデシタ。本名はこの体では発音できませんし…どうしましょう?」 「聞かれても」 やはり偽名だったか。片言の日本語で『佐藤です』なんて説得力の欠片も無かった自己紹介を思い出す。まぁいいか、佐藤さんで。 「そう言えば、レイの名字は珍しいデスよね。」 「え?」 「私、日本人は佐藤と鈴木しかいないと聞いていたので驚きました。」 「貴方の知識はなんでそう…。いや、それより、僕は佐藤さんに名前を教えたつもりは無いのですけどね。」 「エ?レイでしょ?名字は…えっと」 きょとんと首を傾げながら視線を宙に寄せる佐藤を見て、全てを理解したレイは堪えきれず声を上げて笑い出した。まさか本当に分かっていなかったとは。 「…ふ、ふふ。そうですね。ええ、そうです。僕の名前はレイです。」 「あ、名字。ジバクさん、でしたっけ?」 「ええ。僕は地縛霊です。」 レイは可憐に微笑んだ。 end
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