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【episode9–蝉の声】
終末医療に切り替え、自宅で過ごしていた弟の元に駆けつけると、ベッドに横たわる彼は前回見舞った時とは比べ物にならないほど痩せていた。
元気だった頃の弟からは想像できないほど骨の浮き出た頰。
細くなった身体。
物を言わなくなったまま半開きになった口元。
全てが私の知っている弟ではなかったのである。
弟の頰にそっと触れると、そこにはまだ温もりがあった。
頰や頭を撫でていると、思い出が次々と溢れ出て来る。
早生まれで口が遅かった弟は、幼い頃私のことを「ねぇねぇ」と呼んでいた。
車が好きで、デパートに行くとミニカーばかり買ってもらっていた。
いつの間にか私の身長を追い越し、「まるで妹みたいだ。」と、頭を撫でるマネをした。
私は、いつしか弟の亡骸を抱きしめ、声をあげて泣いていた。
身体中の水分が全て無くなってしまうのではないかと思うほどに涙を流した私は、フッと外の空気を吸いたくなり、「ちょっと飲み物買って来る。」そう言って、ぼやけた視界で玄関のノブを回した。
落ち着きどころのない視線を巡らせると、アスファルトの向こうに陽炎が立ち上っている。
急に足の力が抜けた私は、日に焼けた地面にヘナヘナと座り込んだ。
朦朧とする意識の中、蝉の声だけが、まだ私が生きているのだという現実を教えていた。
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