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「さっきまで明るかったよね? そんなに時間もたっていないよね?」
「木の時間じゃ。木には人間とは異なる時間が流れていて、長生きじゃ。
わしは木と人間に流れる時の違いに着目して、このタイムツリーハウスを完成させたのじゃ。
じゃから、この木のおうち時間は外の時間と違っていて、ずっといると浦島太郎みたいになってしまうんじゃ」
「浦島太郎……」
ごくりとツバをのみこんだ。帰ったら知り合いはみんないなくなっていたかわいそうな浦島太郎。僕はそうなりたくなかった。
「ねぇハカセ。まだ今日だよね?」
「さぁどうかな」
ハカセはわざとっぽく笑った。
僕をからかっていることはわかったけど、不安になってきていた。お父さんやお母さんがいなくなっていたらどうしようかと。
「早くおいき」
おどおどする僕の背中をハカセはそっとおした。
外に顔を出した。庭にある細長い石の置物にオレンジ色のあかりがともっていて、真っ暗闇ではなかった。
僕ははしごをいっきに降りて、ハカセがいる穴を見あげた。
「わしはもうすでに独りじゃ。子はもともといないし、ばあさんも友人もいない。願わくば、ケンくんの成長をわしは見たいと思った。でも、ケンくんを独り占めするのはよくない。
じゃからな、十年後ここに来てくれ」
「え。十年? 十年は長いよ。それに、マコさんがいるじゃない」
マコさんはお手伝いさんで、たいがいはハカセの家にいる。だから独りではないはずだった。
「マコさんとはな、主従関係でしかないんじゃ。彼女はそうであることを誇りにおもってるからの」
「ふーん」
「変わらずにここで会えたら新作の実験は成功じゃ。よろしくたのむ」
と、ハカセは指を口にいれて、口笛を吹いた。それは、マコさんを呼ぶ合図。
マコさんはただのお手伝いさんではない。ハカセの家に仕える忍者の末裔だとかで、身のこなしはすばやく、その日もさっそうと黒髪をなびかせて現れた。
「ご主人様、ご用件は」
「ケンくんを送り届けてくれ」
「かしこまりました」
マコさんは僕を軽々と抱きあげた。もう大人に近づいて重くなってきた僕をだ。
怪力女に対して抵抗する気は起こらなくて、されるがまま身を任せた。
「また。十年後」
そう僕がハカセに手を振った瞬間、マコさんは風のように駆けた。
「ねえ、マコさんも十年間ハカセと会わないの?」
「いえ。一週間に一回か一ヶ月に一回か一年に一回かは木穴から出てくるからよろしくと言われました」
走るマコさんにたずねると、マコさんは走りながらも息を荒らげずに返答してきた。
「じゃあ、ボクがいない間、ハカセの話し相手になってあげてよ」
「私はご主人様から依頼された任務をまっとうするのみ」
「なら、ボクもマコさんのご主人様になって、依頼したらやってくれる? 大人になったらお金は払うからさ」
すると、マコさんは口もとをちよっとゆるめた。
「ふふ。高くつきますよ?」
穏やかに笑った。いつも無表情なマコさんが。
「では十年後、報酬のお支払いお願い致します。ご主人様」
マコさんの微笑に見いっていたら、もう家に着いていて、マコさんは僕をおろしてあっという間に家々のあかりと街灯が届かない闇へと消えていった。
僕は独り自分の家を眺めた。浦島太郎みたいに時がたってたらどうしようと不安だったのだ。
そこには豪邸でもないボロ家でもない普通の住宅が変わらずあって、玄関の電灯のもとにある花壇には昨日咲いた赤いチューリップがまだ咲いていて、僕は安心してドアを開けた。
「遅い! 子供が夜道を危ないだろうが! お父さんとお母さんは心配して……おい、笑うなよ。反省しなさい」
家に帰ると、お父さんのお説教が続き、お母さんは泣いて抱きしめてきた。
いつものお父さんとお母さんがいてうれしくて、怒られているのにニヤニヤするのを抑えられなかった。
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