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神様の悪戯
2017年2月12日
「よし、順調だね」
僕は退院前の診察を終え、小さく口角を上げる。
野球ボールほどの腫瘍があった割には経過が良い。
「ありがとう……リンのおかげや」
なんとなくつけた僕の偽名を素直に言い、緑の太縁のメガネを着けて穏やかに笑う渉。
彼は金髪の頭の上に白いネット、派手なギャップも被る。
手術は半日越えるほどだった。
外と中合わせれば100針縫ったし。
「傷痕には髪の毛は生えないし、メガネのレンズは色の付いたものに変えなきゃいけないよ……未熟者でごめん」
僕は目を伏せた。
医療知識は豊富な方だと思う。
でも、医師免許があるわけではないから。
死なないだけ良かった。
「助けてくれただけでもすごい、ありがとうな」
僕が静かに顔を上げると、渉は人懐っこい笑みを浮かべていた。
最初はビクビクしてたくせに。
「もしもなんかあったら……そん時は頼ってもええかな?」
瞳を揺らす彼はやっぱりキレイだな。
薄汚れた僕が最後に出会ってしまった天使。
「もちろん、大切な患者だからね」
最後だから、優しい嘘をついた。
彼がいなくなったら、僕はーー。
「リンに出会えて良かった」
何も知らない彼は嬉しそうに笑った。
そのままでいてよ。
渉がゆっくりとベッドに移り、軽く身支度を済ませるのを距離を取って見守る。
一昨日まで血流の関係でパンパンに顔が腫れていたのに、かわいらしい顔にちゃんと戻ったのが一番安心したところ。
メガネと帽子を派手にして隠さなくてもいい顔なのにな。
まぁ、腫瘍が目の近くだったから、色付きメガネが欠かせなくなる。
結果的により隠す格好になってしまったが。
確か渉と出会ったのは数日前。
くしくも僕の誕生日。
そして、自らの人生を過ごす最後の日と決めていた。
外の空気が吸いたくなって、診療所を出た僕。
思い切り伸びをしたら、風が冷たかった。
だから急にクリームシチューが食べたくなったから、ある一言を言った。
『なんでクリームシチューって専門店ないんだろ』
あんなにあったかくて
あんなにやさしくて
あんなにおいしいのに
『あなたもですか?』
つぶやきに反応したのが逃げ出してきたのに、めまいで休憩していた渉だった。
完全に神様の悪戯だったな。
急に入り口から騒がしさが迫ってきた。
どこかで事故が起きて、たくさんの患者さんがやってきたのかと軽く思っていたんだけど。
カチャ
突如、僕の左のこめかみに硬いものが当てられる。
「なにが目的や」
暗く低い声が近くで聞こえた。
僕は静かに微笑む。
早いですな、仕事が。
「トッポ!!」
細マッチョの男性と長身の男性が渉に駆け寄る。
「……このアホが」
ベッドの左側に立つ細マッチョの方は口調が悪い割には白い歯を見せて笑いかけるから、いい人だってわかる。
「なんで、みんなが……?」
渉は戸惑いを隠せないでいる。
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