優しい魔法

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 自由気ままに翅を揺らす蝶は、辺りに咲き乱れる花に、甘く香る蜜に、目もくれない。ひらひらと、リラの周りばかりうろつく。 「この子、リラのお傍にいたいんだねぇ」 「なんだか不思議な子……あ……」   涙を忘れ、リラはロイヤルブルーに煌めく翅を目で追いかける。伸ばされたリラの手を、蝶は軽やかに透かした。 「触れないんだ……でも、いいなぁ。エミリオ君の魔法はこんなに綺麗で……」  ライラックの髪に座する柔らかな冠が、横切る風へ花びらを(こぼ)す。  自分に添えられた手にぐっと力がこもるのを感じたロイズは、ちらりと顔だけ後ろへ上げる。  左右異なる彩りでも類稀なる美しさを醸し出すのに、余分な色を排除した灰銀は一層気品が高く、それでいて艶かしい。主の瞳は隙あらばロイズを釘付けにしてしまうが、そこに膨らむほのかな影を見つけ、ロイズは慌てて翼を広げた。 「ねぇねぇリラ! 僕と一緒にお空飛ばない? このおっきなお洋服(よーふく)の下に、隠してるんでしょ? 僕とおんなじ翼っ」  ぱたぱたと翼を動かすロイズは、くいくいとリラのケープとワンピースを引っ張る。体に対してやたらブカブカな布を纏うのは、その中にも隠しものがあるからに違いない。人間からは不思議がられる特徴が。  「楽しそうだけど……」と言いながら、リラはもじもじとワンピースをぎゅっと握った。 「その……浮かんだら……下から、見えちゃいそうだから……」 「そーお? じゃー、下からわかんないくらい、上の(ほー)まで飛んじゃえば……」 「危ないっ!!」  剣呑に叫ぶエミリオ。上品な香りで充満した体が、リラとロイズを花の園へ押し倒す。  凄まじい音が響いた直後、花壇の横の鉢植えが一つ割れていた。大粒の弾に貫かれて。
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