22人が本棚に入れています
本棚に追加
弄ぶように、誘うように。やがて青い蝶が諦めるようにリラの元へ戻っても、赤紫の蝶は男を諦めようとしない。
「ったく、しつけーなっ……!」
男に残酷な裁きが下されたのは、透けるように煌めく翅が、ライフルの銃口を掠めた瞬間。
「……っうわぁぁぁぁぁぁっ!!」
「……え……?」
ざわざわと肌を撫でてくる不気味な匂いに、リラは時を止めた。喉も足も、頭も、何も動かない。
蝶が、口を開いた。自らの胴を真ん中から割って、細い体を巨大な口へと変える。そこから覗く幾つもの細長い牙が、男にかぶりついた。
血飛沫が上がる寸前で、ローズピンクの無垢な瞳は優しい両手に塞がれる。
「ごめん……目を瞑ってて。僕が手を引くから、信じて付いてきて」
「う、うん……」
ぎゅっと目蓋を閉じたリラは、エミリオの手に導かれるまま足を走らせた。男から、耳をつんざく悲鳴から、錆びていく鉄の匂いから、その不穏の全てをもたらす蝶から、逃げるために。
「……貴方は、戻っておいで」
花冠の傍で待機していたロイヤルブルーに、エミリオが指を伸ばす。
可憐な花と戯れていた蝶は、吸い寄せられるかの如く、エミリオの指をすり抜け右目へと戻った。銀に近い美しい無彩色を、再び高貴な青が彩る。
最初のコメントを投稿しよう!