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そこへ、青白い手も伸びてくる。エミリオのものより華奢な指が、青く汚れたハンカチをエミリオに押し付けた。
「これ返さなきゃいけなかったね。まだ代わりのハンカチ貰ってないけど」
「あ、それなら……」
「ね、エミリオ君っ。ハンカチはもういいから、その代わり、今から私と追いかけっこしよう!」
「は」
脈絡のない子どもらしい提案に、エミリオもロイズも目を丸めて固まる。
「私が逃げる側で、エミリオ君達が鬼ねっ。ほら、こっちこっちーっ!」
ふざけているのか、本気なのか。
ブラウスから手を離したリラは、ぶかぶかした衣服を物ともせず駆け出した。人混みを避けながら。
「待ってっ」とエミリオも急いで後を追う。冠が溢す花びらを頼りに。
これまでのおしとやかな雰囲気を裏切って、リラは風のように素早かった。路地裏に入ったかと思いきや、いきなり後ろから「わっ!」と驚かせてきたり。赤いケープはもう目の前だと思いきや、その五秒後には橋一つ分遠ざかっていたり。近づいても近づいても、軽やかに逃げていく。
波と追いかけっこしてるみたい。
消える寸前でふいに現れ、また遠くなる清涼な匂いに、ロイズの胸は高鳴っていく。
「エミリオ様。僕が飛べば一瞬で追いつけますけど、どーします?」
「だめ……僕が、自分の足で、追いつく」
息を乱しながらも諦めない主にも、ロイズはドキドキが止まらない。何をしても崩れることのなかった淑やかな美貌は、今うっすらと汗を滲ませて、苦し気に眉に皺を作り、生き生きとした光を宿している。
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