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やがてリラは鐘楼へ駆け込み、エミリオもそれに続いた。
果ての見えない螺旋階段。円形のスパイラルを駆ける音が、二重に響き合う。追う音と、遠ざかる音。やがて片方は聞こえなくなった。
自身の重みが体力を奪ってはいけない。ペースを落としながらも着実に階段に足を乗せ続ける主の後を、ロイズは翼を広げて付いていく。
疲弊に蝕まれているはずの足を一度も止めなかったエミリオは、とうとう鐘の下へ足を踏み出した。
巨大な鈴の元へ辿り着いた瞬間、少年と竜を迎えた、荘厳な音。鐘から伸びた紐を揺らすのは、二つの小さな手。
「お疲れさまでした。エミリオ君も、ロイズ君も」
射し込む太陽の光を背に、紐を離したリラが手を叩く。あれだけ元気よく走り回った後なのに、顔も肩も乱れてはいない。
彼女はそっとエミリオの手を引いて、自分の腕に導く。刹那のタッチは、鬼ごっこの終了の合図。
「どうして……急に、追いかけっこなんか……」
「どうしても……ここで、お礼がしたかったから」
風が微笑い、光がそよぐ。小さな体の胸元で、頼りなく揺れるアプリコットのリボン。
かすり傷一つないリラの右手が、庇うように左手を撫でた。
「ありがとう。ゴンドラでエミリオ君がこの手を取ってくれた時が……私にも痛みがあるって、初めて誰かに気付いてもらえたあの瞬間が、今まで生きてきた中で一番幸せな時間だった」
花冠の下でライラックの髪が揺れるたび、空気を柔らかに染めていく。清潔な香りが。はにかむように微笑む少女の匂いが。
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