すっかり変わっちゃったね、私たち

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「──そして、二人はお互いの初めてを捧げあったのでした。めでたし、めでたし」 「その妄想、よく本人の前で披露できるわね」  目前十五メートルに立つ元・級長は、呆れ果てたように紫煙を吐いた。 「何食ってたらその図太いメンタル手に入んの? ねえ、ミリア」 「十一年も経てば誰だって変わるよ。深川さんだって昔とは見違えたじゃん?」  私はかつて級長だったそいつへ──深川ナツミへ言い返した。 「そのままが一番綺麗だったのに、髪は染めるわ()()()()()()()()わ……体型なんかは昔のまんまなだけに、もったいないというかなんというか……」 「余計なお世話ですっ」  見た目年齢が小三止まりの二十九歳は、全く似合わない白い軍服に身を包み、全く似合わない紙巻き煙草を咥えていた。  全く似合わない戦闘服を着込んだ私も、全く似合わないスキットルに口をつけた。  流れ込むウォッカが口内を灼く……あーあ。  田舎と都会、ぼろい学校と摩天楼、朝と夜、子供と大人……。  何もかもが変わっていた。私たちの関係さえも。  つまり。  私は郵政タワーを武力で占拠し、東京の夜を震撼させる、恐るべきテロ組織のリーダーとなり。  級長は全身の七割を機械に置き換え、社会の敵を始末する、正義の特殊部隊指揮官となっていた。 「……はぁ」  アルコールの熱と酩酊が、薄汚い現実と美しい思い出の間で私を揺さぶった。  心地よい。  しかし一体何が間違って、お互いこんな人殺し集団なんぞに身をやつすことになったのか……。 「ねえ、深川さん」  私はウォッカを半分だけ残した。 「何? 愛の告白でもしてくれんの?」  深川さんが茶化し半分の返事をしてくる。 「そうだよ」 「聞いてあげる」 「深川さんのこと、高校二年のときから大好きだったよ。恋人としてお付き合いしたいなって、本気で思ってた」 「…………」 「返事は?」 「ごめん」  つれない返事。  彼女は十一年越しの告白をばっさりと切り捨てた。  ……まあ、分かってたけど。  当たり前だよ、なんせ今となっちゃテロ集団と対テロ部隊だもの。水と油みたいなもんなんだ。  ただ未練を晴らしておきたくて、言ってみただけだから。 「でも」  私はスキットルの蓋をしっかり閉め、深川さんに向かって放った。面を上げた深川さんはそれを的確に、片手でパシッと受け取った。 「間接キスぐらい、してくれるでしょ?」 「そんなんで諦めがつくの?」 「つかないかも」 「ま、いいけど。惚れさせた責任は取るから」  スキットルを開け、中のウォッカを文字通り(あお)る深川さん。  あの品行方正で明朗快活で優等生な生徒会長が、まさか十一年も経ってみたらアルカスのヤニカスに成り下がっているとは。あの頃の彼女に見せたら何て言うだろう?  空になったチタン製のボトルを、深川さんはスカートの尻ポケットにねじ込んだ。そして右のポケットから煙草の箱を引っ張り出し、入れ替えに投げてきた。 「……ピース」 「それ、冥土の土産ね。……ああもしかして、一本ずつ私のツバとかつけといた方がよかったかしら」 「あはは、ばっちいなぁ。要らないよそんなの。それに、もう終わった話だから」 「それもそっか」  私が煙草をポケットへ仕舞うと、深川さんの碧眼が闇の中で光った。 「それじゃ、こっちもマジでお終いにしよっか」  その双眸から漏れたネオンサインのような碧い光が、薄暗い部屋の中をほのかに照らす。  彼女は腰のホルスターからピストルを抜いた。子供体型に釣り合わないマグナムを、あろうことか片手で構えた。  銃口が私の心臓を正確に睨んでくる。  きっとあの銃で針穴を通すことだってできるんだろう──すっかり、変わっちゃったから。 「ミリアから何か言うことは?」  私の脳は、表情筋をおもむろに動かした。  それは笑顔を形作った。  そして、声帯を震わせてこう言った。 「さよなら。大好きだよ」 「そんだけ?」  私は頷いた。 「…………それじゃ、永遠(とわ)に思い出と愛し合ってて」  一瞬の後。  私の心は、もう一度深川さんに射抜かれた。 (……ああ)  ……どうして、こうなっちゃったんだろうなあ……。
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