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追懐1
「75歳かぁ…。早いね」
はぁ。と深いため息に乗せて隣ですみれが呟く。
亜美の母親の葬儀の帰り道、緑色に衣替えを済ませた夜の桜並木をすみれと2人、肌寒い風を纏って歩いている。
「私たちもさ、そういう年齢になったって事かぁ」
今度は一禾が呟く。
40歳を過ぎて親友の肉親の死という現実を目の当たりにし、不安のような焦りのような何とも言えないモヤモヤが溝落ちから這い上がってくる。
自分だけでは溺れそうなので、隣を歩くすみれも巻き添えにするように出た言葉だった。
亜美の母親は長いこと通院していたが、徐々に容態が悪化していった。
本格的な闘病生活に入ったのは2年前で、入退院を繰り返していた。
半年前に再入院したきり退院は叶わなかった。
一禾は何度かすみれを伴い病院へ見舞いに行った。
体調の良い日とそうでない日が交互に来るのよねと、近所の奥さんと世間話でもしているような言い種で、
「まったく、やんなっちゃうわよね~」
と笑っていた。だがそれも長くは続かなかった。
次に一禾が病院へ行ったときは薬で眠っていた。生前亜美の母親の姿を見たのはその日が最後だった。
見舞いに行く度に亜美の目が赤く充血していた。今思えばひっそりと泣いていたのかもしれない。
よく2人で出掛ける仲の良い親子だった。
亜美は後悔や悔しさと必死に戦っていたのだろう。
いつか親孝行しようと思ってはいるけれど、現実は容赦なくそのいつかを奪っていく。
一禾はふと、実家の両親が過った。今年のお盆休みには顔を見に帰ろう。
首筋を撫で付ける冷たい風に身を縮めた。
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