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追懐4
コインパーキングですみれと別れ自宅の車庫に車を入れたのは21時を少し回った頃だった。供養だから持っていってと亜美からもらってきた大きめの仕出しを抱え車を降りる。
玄関に向かう途中リビングの窓から明かりが漏れていた。
「お帰り。亜美ちゃんどうだった?」
ただいまと声をかけ玄関先で喪服用のヒールを脱ぐ一禾を夫の卓馬が出迎えた。
「うん。ずっと泣いてた」
夫に背中を擦られながら棺の横に突っ伏してわんわん泣く亜美の姿を思い出すと今も胸がキュッと掴まれるようだった。
「卓馬にくれぐれもよろしくって」
そう言った一禾の目が赤く滲む。
「あぁ、それは気にしなくていいんだよ」
返しながら卓馬はそっと一禾の頭を抱き寄せた。冷えた頬がじんじんと卓馬の体温を蓄えた厚い胸板に馴染んでいく。一禾は無心な子供のように顔を埋めた。
卓馬は一禾の友人を大事に思ってくれている。それだけでも十分なくらい彼の愛情をもらっている。その事実を大事にしなければと言い聞かせ彼の胸の中でその幸せを噛み締めた。
「ご飯まだでしょ、仕出し食べる? 供養だって」
一禾は指で涙を拭いながらクレーンゲームのようにもう片方の手に釣られた仕出しを持ち上げた。
いつもより少し早めに帰宅していた卓馬が腹を空かせていると気遣ったつもりだった。
「外で済ませてきたからいいや。ありがとう。もう風呂入って寝るよ」
卓馬は腕に抱え込んだ一禾を剥がすようにして離れると、言い終える前に踵を返して自室へ戻っていった。余韻のない抱擁は「はい、カット!」と声のかかった俳優のようにしなやかな所作で切り替えられてしまった。
「いや、だからさ、供養だってば」
つい出た言葉は誰に当たることなく空中分解した。
もしかして帰りを待っていてくれたのだろうか。淡い期待を寄せていたが、いや、たまたまか、と思い直すことにした。
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