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「やっぱり。さとーさんだ。」
「……藤巻くん?」
背の高い彼を土手に座った状態で見上げたら、首が痛いくらいだ。
「うわぁ、すげー偶然スね。」
「うん……。」
偶然。てこんな偶然、ほんとにあるのか?あの日と同じ、チョコレート色の髪が秋風に揺れる。
「散歩ですか?俺ここジョギングコースで。結構よく走ってるんですけど今まで会ったことなかったですよね?気がつかなかっただけかな。」
藤巻くんはにこにこと言う。
「月が、」
と言いかけて口籠る。
「月が綺麗で遠回りした」なんて答えたら引くだろうか。
あいつはそんなことを言ったら「詩人かよ。」と馬鹿にするような奴だった。
「月?あぁ、今日すげー綺麗ですよね。まっすぐ帰ったら勿体無い感じの。」
言い方があんまり自然で、何故だかまた泣きそうになった。
「隣、いいですか?」と言って藤巻くんは土手にどっかりと座った。草の上に投げ出された両足はスラリと長い。
背負っていた斜め掛けのポーチからミネラルウォーターのペットボトルを取り出してごくごくと飲み、藤巻くんはふふ、と笑った。
「いいことばっかりだな。」
「いいこと?」
「月が綺麗だし風も気持ちが良いし。」
「うん。」
「さとーさんにも会えた。」
屈託なくこんなこと言うなんて、俺にはとても考えられない。きっと真っ直ぐな良い子なんだろう。
きらきらした笑顔は人懐こいワンコみたいだ。
「……いいこと、もういっこあるよ。」
「え?」
「これ。プリン。食べる?」
「いいんですか?」
「ちゃんとスプーンもある。」
「あはは。さすがにプリンは箸じゃ食いずらいですよね。じゃぁ遠慮なく。いただきます。」
2つくっついたスプーンの袋をピリピリと千切りプリンと一緒に手渡す。
「旨そ。ありがとうございます。……。」
?
「どうかした?」
「なんか、こうするとプリンと今日の月って似てません?」
そう言って藤巻くんはやはりスラリと長い腕を伸ばしてプリンを夜空にかざした。
「……ほんとだ。似てるな。」
やっぱり、甘いものはいつだって幸せを運んできてくれるみたいだ。
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