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3
あの綺麗な月の日に再会してからどれくらい経っただろう。
「さとーさんも走ったらいいのに。」
「俺はいいよ。散歩で充分。」
「見た目が若いからってそんなこと言ってるとすぐ老いますよ。」
「こら。」
肩を軽くパンチすると、藤巻くんはキャッキャと楽しそうに笑った。
特別約束をしているわけじゃ無いけれど、俺は夕飯の買い出し帰りの散歩で、藤巻くんはジョギングの途中で、この川沿いの道を歩きながら少し話をするのが日課になっている。
時間にすればおそらくほんの10分程度だ。それでも毎日会っていればこんな軽口も叩かれるようになる。
心地よく頬を撫でていた風はもう完全に冷たい北風に変わり、藤巻くんの吐く息も真っ白だ。
「さとーさんの息、真っ白。」
鼻を赤くした藤巻くんが言う。
「もう年末だもんな。」
ぶら下げたスーパーのビニール袋が冷えた指に食い込んで痛い。
我慢できずに袋を手首にかけ直し、両手にはぁっと息を吹きかけた。
「さむっ。」
「さとーさん、手、真っ赤じゃないですか。」
ふいに藤巻くんは俺の手をとって、自分の両手で包み込む。
「ぅわ、冷たっ。俺の手、あったかいでしょう。走ってたから。」
「う、うん。」
熱いくらいだ。ていうか、え、なんで俺、こんなに動悸が
「あ、さとーさんの手もぽかぽかしてきた。ね?」
ふいに顔を上げた藤巻くんとバチと視線が合う。近い、やばい、近い。
「……っ。」
と、藤巻くんはぱっ。と手を離し、顔を背けた。
?
どうして
「藤巻くん、なんでそんなに赤くなってるの?」
「……っ、それ、さとーさんでしょ!ていうかあ、あんたがそんな……」
「俺が?」
「……かわいー顔、するから。」
!
「かわ、いいとか……歳上の男に言うことじゃないだろ。」
「いいんですよ。さとーさん、可愛いもん。」
「また……!」
「もう、いいからほら、はい、手、貸して!」
「は??」
藤巻くんは強引に俺の手を握ると、そのまま自分のポケットに突っ込んだ。
「これでこっちの手はあったかいでしょ。もう片っぽは……自分でなんとかしてください。」
「……ははっ。なんとかって、なんだよ。」
「ふふふっ、なんとかはなんとかです!」
それから俺たちは、いつもの10分間を手を繋いで歩くようになった。
理由は……寒いから。たぶん。
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