191人が本棚に入れています
本棚に追加
/119ページ
2
人間関係に辟易して会社を辞め、webデザイナーとしてフリーランスになってから5年。
初めは貯金を食い潰すばかりの日々だったけれど、3年目に国際的なwebデザインの賞をとってからは仕事も増え、最近はなんとか食べていけるようになった。
会社にいた頃よりもむしろ積極的に営業したり顧客と密に連絡をとったりで、コミュ力が試されてるな、と思う瞬間は多い。
それでも嫌味な上司に終電間際までお説教をされたり、同僚同士のいざこざの間で板挟みになったりとか、そういう諸々からは解放されたので本当に辞めてよかったと思う。
俺を「逃げた」と言う奴もいたけれど、仕事を辞めたときスマホも真っ新にしたので、そうなってしまえば俺の世界にもうそいつは存在しないも同然だ。
「で、帰ってきちゃったの?」
スピーカーにしたスマホから、シマの呆れたような声が聞こえる。
「うん。まぁ。」
「なんだよそれ。『誰が新聞屋だとこらぁ!』って、突撃してやりゃよかったのに。」
相変わらず過激だなぁ。
「あはは。できないよ。俺がそんなことできる奴じゃ無いって知ってるだろ。」
笑う俺にシマは不思議そうに尋ねた。
「にしては、元気そうだな?別れたって言うからもっと落ち込んでるかと思った。」
「うん。……ケーキ、食べたから。」
「は?」
「あいつのバースデーケーキ。食べたんだよ。美味かった。だから、元気出た。」
「んん?うん?そっか?」
楓はケーキ好きだからな、とか、でもそれだけで元気でるか普通?とか、まぁでも楓だしありえるか、とか。
ビデオ通話にしていなくても、考えを巡らせてくるくる表情を変えるシマが目に浮かぶ。
「まぁ元気ならいーや。そんじゃまた飯でも食いに来いよ。うちの親も楓がくると喜ぶし。」
「うん。さんきゅな。おじさんとおばさんにもよろしく。」
幼馴染のシマの家は老舗の和菓子屋で、数年前に親父さんの跡をシマが継いだ。
シマは店の改革に乗り出し、その一環でホームページを新しくしたい、とその頃フリーになったばかりだった俺に依頼してくれたのだ。
『世界中の人にウチの和菓子を食べてもらいたい』というシマの希望を汲んだホームページが功を奏したのか、それからすぐ海外からの観光客や問い合わせが飛躍的に増えて、今ではガイドブックなんかにも載るようになった。
シマもおじさんもおばさんも、楓くんのおかげだってすごく喜んでくれたけど、俺のはほんのちょっとしたきっかけに過ぎなくて、繁盛しているのはシマのうちの和菓子が素晴らしいからだと俺は思う。
最初のコメントを投稿しよう!