けもの様2

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俺は(はじめ)。 知らない山の中を走り回っている。 けもの様という、妖怪に追いかけ回されているのだ。 いや、でも"様"とついているから神様なんだろうか? まあ、そんな事はいい。 とにかく、靴がないから靴下はボロボロ。 小枝や石で足の裏は切れたり、擦ったり、血が泥だらけの靴下に滲んでいる。 今は大きな岩と岩の間が空洞になった所を見つけ、そこにけもの様から隠れて休んでいた。 休んでると言っても、体力が無くなることも、腹が減る事も、眠くなる事もない。 トイレだって行きたくなる事はなかった。 痛みは感じるけれど…… ただただ、逃げ回る。 多分、ここもすぐに見つかる。 けもの様は、俺が怖がって逃げているのを楽しんでいるのだ。 多分ここは、日本でもない、どこか外国でもない、けもの様が連れてきた異世界なんだと思う。 きっと、うちの両親も、警察にだって、ここが見つかりっこない。 山の中に陽が昇ることも落ちる事もない不思議な場所だ。 だから、何時間、何日経ったのかも分からなかった。 夕暮れのような仄暗い山を、いつまでも俺は逃げ続けている。 狭い穴の中で、涙が出た。 こういう悲しみという感覚はあるんだな、と涙を腕で擦る。 「ひひひ…」 ビクリと体を震わせ、顔を上げる。 けもの様が5メートルほど先からこっちを見て、笑っていた。 犬の顔は、人間の顔にも見える。 口の端は、弧を描いていたから。 歪な尖った歯が幾つも見える。 猿のような太短い指で、小石を掴み、俺に投げてきた。 「うっ!」 思いっきり投げたんじゃない。 軽く俺に当てただけだ。 しかし、恐怖で声が漏れた。 更に小石を投げてくる。 「ひひひ…」 俺はそこから逃げ出さなければなかった。 穴の隙間から出ると、また走った。 けもの様も、俺の後を追いかけてきて、 俺の脇腹に 噛み付いた。 「ああぅっ!」 制服が大きく破れ、激痛が走る。 肌に無数の歯形が付き、血がダラダラ流れ始める。 一瞬よろけたが、脇腹を押さえて俺は再び走り出した。 多分、けもの様が本気で走れば、俺の横を走り抜ける程早いと思う。 俺を弄んでいるんだ。俺の後ろで距離をうまく取りながら追いかけてくる。 とにかく逃げなければ。 木の枝が俺の腕を傷つけ、落ち葉に隠れる石に足をぶつけても走った。 が、 まさか崖があるとは気が付かなかった。 「うわあっ!」 俺は斜面を転がった。
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