理由

4/14
前へ
/55ページ
次へ
降ってわいたような不運で、天涯孤独になってしまう人間は、案外まれにいる。 ましてやその後、そんな不運が帳消しになるほどの幸運が与えられることなんて、ほとんどない。 そんなことがあれば、まさに奇跡だ。 春一は幸運にも、そんな奇跡を与えられたひとりだから、 「どうしたんだい、変な顔をして」 怪訝に尋ねてくるアンリに、 「なんでもない」 春一は首を振った。 顔色ひとつ変えることなく肉親の死を語れるアンリの傷が、痛いほど理解できた。 春一は自分の携帯を取り出しながら、 「なぁ。念のため、俺と番号を交換しておかないか」 「必要ない」 即座に拒絶されて、さすがにムッとする。 でもそう言われた以上、それ以上は踏み込めず、春一は、せっかく出した携帯を再び自分のポケットにしまう。 アンリは、人懐っこい笑みを浮かべながらも、その実、誰も信用していない。 来た早々襲われて、身ぐるみ剥がされた街で出会った春一を、信用しろというのも無理な話かもしれないが、でもそれでも、怪我の手当てをした恩ぐらい感じてくれてもいいだろうと、チッと舌打ちをする。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加