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1-2 友情か、同情か
ところで、とナサニエルが再び口を開いたのは、それぞれのバケツにマスが二、三匹泳ぎ始めたころだった。
「ぼくをコンパニオンにしたいって手紙をもらったけど、本気なの?」
その話題こそ、エリオットがこの遠方の友人を訪ねた本題だった。さきほどのセックス談義は、まぁ軽い世間話だ。友人同士ならよくある感じの。
「コンパニオンなんて書いてないだろ。相談役と言え」
「ようは公認の『お友達』だろう。きみのためにはお勧めしないな」
「おれには必要なんだよ」
「あぁ、きみ友達いないもんね」
「うっ……」
容赦なく指摘され、エリオットは背中を丸めてうなだれる。ふらふらとこうべを垂れた釣り竿の先が、ぱしゃりと水を突いた。
「王宮を離れて引きこもってたから、スタッフも最低限だし」
「きょうのニール優しくない!」
いじめかよ、泣きわめくぞ。
がばりと体を起こしたエリオットを、ナサニエルが「まあまあ」となだめる。
友人に宛ててしたためた手紙は、エリオットの私設秘書として働かないかと言う打診だった。
人に触れるのが怖いと言う、公人として致命的な欠点を抱え、身分を隠して首都のフラットで気ままに暮らしていたのは七月までのこと。兄に請われ、結婚式で冠を授与する役目を果たして──一部報道によれば──華々しく表舞台に復帰したシルヴァーナ王国の第二王子、エリオット・W・シルヴァーナには、悩みの種があった。
そのひとつが、不足気味の人材確保だ。
エリオットの公務参加は、半年後からと決まっている。本当なら下半期が始まる十月からだときりがいいのだが、あまりにも時間がなくて現実的でないと言う判断になったのだ。王子としての「仕事」を支えてくれるスタッフが、圧倒的に足りない。身の回りを任せる屋敷のメイドや警護官なら、増員を王宮の人事局に申請中。しかしエリオットが個人として必要としているのは、社交や公務に関する子細な助言をくれる相手だ。
なにせ十年も引きこもっていたから、エリオットは自分の社会性があてにならないことを重々承知している。信頼がおけて欠けた社会性や人脈を補えるのは、ナサニエル・フォスターしかいなかった。
「ぼくの人脈を、きみの陣営に丸ごと確保しようって戦略はアリだと思う。ちょっと反則的だけどね。それとも──」
ぼくへの同情かな?
ナサニエルは菫色の瞳で笑った。
冗談じゃない。
「仕事の話をしてんだけど」
エリオットははっきりと言った。竿を握る手に力が入る。
「肩書はなんでもいい。持ってる人脈も込みで、おれにはニールが必要なんだ」
「影ながらのアドバイスなら、いくらでも喜んで」
「それじゃダメだ」
「そう」
水面を見つめるナサニエルの横顔は、男女問わず惹きつけてやまない艶やかな美しさがある。ダヴィンチのガブリエルに似ているな、とエリオットはぼんやり思った。当時であれば、彼も自分も異端者として迫害されていただろうけど。
自分たちは時代に恵まれているとも、そうでないとも言える。
「意外と強欲だね、きみ」
「……あいつにも言われた」
エリオットは肩を落とす。
もちろんナサニエルも「もうひとり」も、エリオットを批判したのではない。それでもわがままを言っている自覚があるだけに、その言葉は痛かった。
「もう一度、よく考えたほうがいい。ぼくはきみの弱みになりたくないからね」
糸の先を眺めてため息をつくエリオットに、ナサニエルは自分の竿を引き上げた。
「きょうはこれくらいにしよう。屋敷で冷たいものを用意させるよ、ハニー」
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