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彼女の秘密
「高橋いる?」
俺の事務所に玲がふらっと立ち寄ったのは、城之崎の電話から大分経った頃だった。
「お前、連絡したの4日前だぞ」
「ちょっと仕事が立て込んでてね」
「テロ対策か?」
答えはない。
「先週の立て篭もり事件も出動したんだろ」
玲は試作の服に興味があるふりをして眺めている。
「あの小型犬とはうまくいってるのか?」
「誰が小型犬だって?」
勢いよく振り返る。やれやれ。
「お前の彼氏だよ。こないだも徹夜明けに電話してきてお前のことでキャンキャンうるせぇのなんの……おい、顔が緩んでるぞ」
「へ?」
「へ? じゃねぇよ。もう重症だな」
ため息をつく俺の前で、玲は先日の恋人がいかに可愛かったか身振り手振りで熱弁を始めた。
玲は、年下の彼氏ができてからよくのろけに来る。
少し微笑むだけで道ゆく人という人を一目惚れさせる厄介な顔のせいで、玲が普通に話せる相手は幼なじみの俺しかいない。
とはいえ。
俺はサングラスをかけた。今日は眩しすぎる。
玲は不思議そうだ。
「高橋、私の顔慣れたって言ってなかったっけ」
「自覚ねぇのかよ、鏡見ろ」
まったく。
緩みまくったこの笑顔を城之崎に見せてやりたい。最近ますます美の破壊力が増している。
「あいつにも普通に接すればいいじゃねぇか。完璧ミステリアスなクール人間気取ってないで」
途端にしゅんとする。伏せられたまつ毛が潤んだ目に影を落とす。やめろやめろ。宗教画の美青年みたいになるな。照明を天から降りそそぐ神の慈悲みたいに受けつつ、それでもなお悲しみに暮れて立ち尽くすな。
あ、でもこのイメージ、冬の新作に活かせるかも。
俺はスケッチを始めた。玲からはインスピレーションをもらう代わりによく服を提供している。
「そういう表情もあいつに見せればいいのに」
「でも……」
また寂しそうにする。
しかし甘えさせてばかりいくわけにもいかない。本当なら玲を慰めるのは城之崎の役目だろう。
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