彼女の事情

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 コース料理は初秋を想わせた。  茄子のグリル焼きに雲丹(ウニ)が載っている。ジュレ状のソースはコンソメ味。  黄金かぼちゃのスープと、ほかほかと湯気のたつパンも美味しくて、僕の様子を見た玲さんがおかわりをお願いしてくれた。  美味しい。そして向かいで食べる玲さんの所作の美しいこと。絵画のよう。なにもかも完璧だ。  だからこそ、僕は物足りなかった。 「……玲さん、なんで連絡くれなかったんです?」 「仕事が忙しくてね」  玲さんは華麗にフォークを操り、天使の海老のトマトクリームパスタを巻き取る。  真正面から聞いてもはぐらかされるだけだ。僕は変化球を投げることにする。 「玲さん、僕モテるんですよ」 「だろうね」 「全然連絡しないで、ほったらかしで、僕ちょっと怒ってるんですよ」 「顔見たらわかる」 「こんな美味しい食事食べたくらいで機嫌直したりしないですからね」 「それは困るな」 「……ずっと玲さんからの連絡待ってたのに。ねぇ、何の仕事してるんですか」  玲さんはちょっと目を見開く。そのまま「失礼」とナプキンを鼻の上まで当てて少し咳き込む。 「ごめんね」  やっぱり教えてくれない。    モンブランケーキ、安納芋のプチタルト、洋梨のアイス――デザートの盛り合わせを目の前に、心の中は盛り下がっていた。  知りたい気持ちと、疲れてる玲さんを困らせくない気持ち。僕は後者を取る。 「今度……いや次の土曜日の夜また会ってくれませんか?」  あぶないところだった。「今度」なんて言ったらまたいつになるかわからない。  遅くなるかもしれないけど、とOKの返事をもらって、その日は別れた。
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