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犬も食わないなんとやら
「なんで、あんたはいつもそうなのよ」
「お前そこ、なんで確認しないんだ!」
小春と大地は小さな化粧品メーカーの営業だ。
お互いにライバル意識を持ち、営業成績を競い合っている。今日はお互いの取引先の納品個数が在庫と合わず、どちらが優先するかという議論に発展していた。
「お前、森薬局さんだぞ!全国に展開してる大手をまたせるわけにはいかないだろ!」
「こっちも創立以来の付き合いの宝田さんよ。地元の化粧品専門店だから、在庫切らすと大変なのよ!そもそも、定期発注なんだから、こっちが優先されるべきでしょ!」
上司である社長の小田原がヒートアップしている二人を宥める。
そもそも、二人は重なってしまった注文を報告するために小田原と話していたはずなのに、上司の目の前で言い合いを始めてしまった。
「まぁまぁ。とりあえず、宝田さんに数日待ってもらおう。わたしからお詫びの連絡をしておくよ。あそこは常に予備の在庫がある状態で注文してくれるから、数日ならなんとかなるから。森薬局さんは初仕事だから、信用できる企業である証明をしなきゃね」
「ありがとうございます!」
お礼を言って勝ち誇る大地とは裏腹に、小春は憮然とした表情だった。
「大体、在庫を確認してから納品日を交渉するべきなのに、それを怠ったのがそもそもの原因なのに!」
「でも、このご時世、新たな取引先の開拓も必要だしねー」
熱く語る小春とは対照的に冷静に対応するのは小橋 かなえ。同じ会社の経理担当の女子社員だ。
「・・・そんなこと、わかってる!でも、でも・・・納得いかない!」
ドンと置かれたジョッキはウーロン茶だ。
居酒屋に来ても、飲めない小春はいつもソフトドリンクになるため、お酒より料理が美味し店になる。そして、今日は美味しい食べものをやけ食いしていた。
「やっぱり、ここの料理は美味しい!板前さん、いつもありがとう!」
シラフにしてこのテンションである。
慣れていても、かなえは苦笑せざるを得ない。
「あんたの気持ちはどうとして、まぁ、うちの会社としてはたくさん売れて儲かるからいい話だわ」
「今月も大地に売上負けたー!来月は顧客の開拓がんばる!」
小春は新卒で会社に入り、事務から人員が足りなくなった営業に移動した。営業2年目で中途採用された大野 大地が入社してきた。
それまで、既存顧客を相手に手堅く取引していたが、大地が新規顧客開拓を行い成功させていった。
それに刺激された小春も顧客を探してアポを取り、取引をするようになった。
そもそも商品の知名度はあったので、営業をかけると、良い感度が出てくる。
ただ、取引先を増やすとそれだけ在庫が捌ける。中小企業なので生産力を強化するのも限界があり、その兼ね合いが今後の課題だった。
「売れ行きがいいからってじゃんじゃん作って作りすぎても、在庫が余ったら問題だしね。それに、工場フル稼働させるための雇用も維持できるかわからないし」
雇ったはいいが、何かの理由で受注が減った場合、すぐ解雇ってわけにもいかない。原材料の調達も厳選しているだけに、容易ではないのだ。
今回は本来は工場との調整が必要だったはずだが、客の要望を優先した結果だった。
「社長は少し生産ラインを増やすって言ってたから、今回のようなことはないと思うけど」
社長の小田原は大地と小春のやることに反対はしない。やりたいようにやらせてくれる。
納品の調整も無茶を言わない限り融通してくれる。
なので、今回のようなことが起こると、社長に対して申し訳なさでいっぱいだ。
宝田さんも特に在庫に問題はなかったので納期を快く遅らせてくれたが、やはり迷惑をかけてしまった。
自分のせいではないが、もっと早くなんとかできたのではないかと気落ちする。
「そんなに考えてくれてありがとねー。いつもだと困っちゃうけど、あれくらいなら大丈夫だから」
県内の複数の大型商業施設に店舗を持ち、地方都市に本店を構えるコスメショップhouseki-bako。カウンセリング化粧品を中心にアクセサリー、下着などを揃えている。複数の化粧品メーカーを取り扱い、本格的なカウンセリングしながら自分に合ったコスメを見つけることができると評判だ。デパートのような細やかなサービスと親しみやすい店内でありながら、コスメの価格も幅広く揃えられてるため、気軽に利用できると人気のようだ。
お詫びのご挨拶に伺うと対応してくれたのは常務の宝田静香。社長の長女である。
取引先の重役ではあるが、小春にはお姉さんのような存在だった。
「本当にすみませんでした」
退室の際、再度頭を下げる。すでに、宝田社長には小田原が謝罪し、接待の席が用意されている。
「そんなに気にしないでね。持ちつ持たれつよ。あ、篤お疲れ様」
静香は、会議室の向こうから歩いてきた弟である篤に声をかける。
篤は店舗の統括を行う流通部長である。他の会社にいたが、最近houseki-bakoに就職して、本格的に経営に参加している。
「こんちには、小春ちゃん。きてたんだね」
「この度は、弊社の都合で納期が遅れて、申し訳ありませんでした」
静香にしたように、まず初めに謝罪した。
「あぁ、この間の。店舗的には問題なかったから、あまり気にしないで。そういうこともあるから」
本当に宝田姉弟は優しい。小春は嬉しくて笑顔でありがとうございます、とお礼を言った。
「あ、あんた、これから店舗行くんでしょ?小春ちゃん送ってあげなさいよ」
「そうなの?じゃぁ、送ってあげるよ、アメジアの事務所?それとも取引先?」
「は?大丈夫ですよ!お気遣いなく!」
謝罪に訪問したのに、送迎されるとかどういうことなのか。
「遠慮しないで、ついでよね、篤?」
「そうそう。ついでだから。じゃあ、姉さん、行ってくる」
いってらっしゃい、と静香に見送られ、小春は篤に連れられて会社を出た。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。今度、この間展示してた限定新商品の発注可能個数と店頭ディスプレイとか相談したいから、よろしくね」
「あ、もちろんです。こちらの詳細が決まり次第ご連絡します」
「了解。それじゃ」
篤が車を発車した先から1台の車が小春のいる路地に入ってきた。
見覚えのあるその車には、運転する大地と助手席に総務の宮前 奈緒が乗っていた。
2人は大地が入社する前からの知り合いで、よく一緒に出勤したり帰宅するところを目撃されている。
はっきりとは聞いたことはないが、2人は付き合ってるのでは?ともっぱらの噂だ。
営業成績も良く、プライベートも充実していて羨ましいことだ。
小春は会社のビルへ裏口から入った。
「やるじゃなーい、小春ぅ。さっきの宝田さんとこの長男でしょー?」
帰社してすぐにニヨニヨしたかなえに捕まった。
「いや、ちゃんと断ったよ、私!でも、なんか押し切られて・・・」
気疲れしてため息をつく小春をかなえは、呆れる。
「あんた、お金持ってて仕事ができるイケメンにその対応ってどうよ」
「なにそれ。それよりも、取引先の重役さんの車に乗せてもらったことの方が問題だよ。気を遣わせちゃったなぁ。申し訳ない」
まじか。
かなえは、絶句した。
先日、コスメ業界の展示会でわざわざブースに挨拶に来た宝田 篤。
経理担当の自分も大規模な展示会だったので、駆り出されていた。
明らかに小春に会いにきていたのに、気づいてなかったのか。
「小春。あんた、宝田長男をどう思う?」
「どうもこうもないでしょ。大事な取引先の時期社長よ」
「えー、イケメンの車にのってドキドキしないわけ?恋の予感とか感じないの?」
「うーん。仕事先の人だと、そんな気にならないかな?色恋沙汰ってなんかめんどくさそう」
「ちょっと、小春さん。華の命は短いのよ!チャンスバッチコイよ!いい男はキープしなきゃ」
「えー。別に宝田さんとはなんでもないし。そんなことしたら、迷惑でしょ」
まったく、気のない態度の小春にかなえは肩をすくめた。
「あ、おかえり」
入口から帰ってくる大地に小春は声をかけた。奈緒は一緒ではないようだ。
「おう、ただいま」
いつもは明るく挨拶をする大地の表情は暗い。
「なに?なんかあったの?」
何か言いたげな感じだったが、別に、とはぐらかされる。
「あれー?宮前さんと楽しい外出だったんじゃないのー?公認はいいわねぇ、オープンで」
かなえは冷やかすようにいうと、大地はあからさまに顔を顰めた。
「はぁ?なんだよ公認って!あいつが総務の用事で外出するからって、方向が一緒だった俺の車に乗っただけだ!」
「・・・総務の人が営業の社用車に乗るって、あんまりないよね」
大地の言い訳があまりにも取ってつけたような事だったので、思わず反論した。
「そうよねー。わざわざ、営業捕まえて、タクシー代わりにしないし、それをほいほい引き受けないわよねー。普通」
かなえもニヤニヤしながら、同意する。
「あのなー。本当に同じ方向だったからで。別に他の意味なんてないからな」
「はいはい。そういうことにしとくわ。仲が良くて何よりです」
必死になって弁解する様子に苛立ち、小春はそう言い残して、足を自分の席に向けた。
「なんだよ、お前だって、宝田さんの長男の車に乗ってだだろう?」
見られていたのか、小春は驚いて大地の顔を見る。
それに言い返す前に、かなえが小春の肩を叩きながら言った。
「大野もそう見えた?やっと小春にも春が来そうなのよー!応援してあげてね」
かなえは大地ににこりと笑った。その目が異様な煌めきを放っていることを大地だけが感じていた。
「やめてよ!本当に違うんだからね!」
小春はかなえの手を軽く払ってそのまま席に戻った。
「なんだよ、なにが違うんだよ」
大地は苛立ったように吐き捨てる。
「違わなかったら、何?」
かなえは先程の朗らかさのかけらもない冷ややかな声で大地に向き合う。
「好き勝手に振る舞う宮前をぶら下げてるあんたに、小春のことをとやかく言う権利はないわ」
「ぶら下げてなんかないだろ」
「昔のよしみで仲良しこよしなんてやってるから、社内で噂されんのよ。いいじゃない。彼女可愛いから、ほんとに付き合ったら?」
「は?違うっていってるだろ」
「あんたの意見なんてどうでもいいのよ。ハタから見てあんたたちがどう見えるかが問題なんじゃない?少なくとも小春はその噂信じてるわよ。だって、疑う余地がないんだもの。大学の時の知り合いで、知り合い以上に見える仲の良さ。一緒に出社退勤、きっとラブラブなのね♡としか見えないわ」
かなえの言葉に愕然とする。
「そんな・・・」
「宮前さんはしっかりアプローチしてるわ。あんた狙いなのをね。はっきりしないあんたが悪いのよ。小春のことも、邪魔しないでよね。宝田さん、上玉なんだから」
かなえもそれだけ言い残して、席に戻った。
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