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時雨永遠
出来の良い兄が居たから、俺の子供時代は最悪だった……。
◆子供が急成長するのに必要なものとは?
才能? 努力? 指導者? 道具? もちろん全てあった方が良いに決まっているが、それらが無くても1つあれば良いものがある。それは、良きライバルだ。ライバルは全てを凌駕する。ライバルに勝つ事で嬉しさを覚え練習し、負ける事で悔しさを覚え練習する。どのジャンルの偉人でも、子供の時のライバルは? と聞くと即答するだろう。
ライバルに成り得る代表的な人物と言えば兄弟だ。有名人でも兄弟で活躍する人達はかなりいる。
政治家では
岸信介と佐藤栄作
どちらも内閣総理大臣に就いている。総理大臣というのは、その時代に一人しか存在出来ない。それが兄弟で、となると奇跡に近い。
ファッションでは
プーマとアディダスのダスラー兄弟
ヒロココシノとミスタージュンコとミチコロンドンの小篠三姉妹
スポーツでは
数え上げると切りがないぐらいの兄弟が活躍している。その中でも、最近話題になったのは国民栄誉賞をとった伊調姉妹では無いだろうか? レスリングで、誰もが知る女子個人史上初、前人未到のオリンピック4連覇を成し遂げた妹馨と、その陰に隠れてしまってはいるが、姉千春はオリンピック2大会連続銀メダルという素晴らしい成績を収めている。さらに、妹馨のオリンピック5連覇の夢を絶ち、物議を醸したオリンピック2大会連続金メダルの川井梨紗子にも東京五輪金メダルを取った妹友香子がいる。
兄弟のライバルというのは一番身近な存在でありながら、能力差も少なく、切磋琢磨という言葉を説明するのに最も適しているのではないだろうか。◆
俺、時雨永遠には1つ年上の兄刹那が居る。刹那には小さい頃から何をやっても勝てなかった。1つ年上なんだから当たり前じゃないか、と思われるかも知れないけど、子供にはそういう考えは無い。ただ単に、1番近い存在の人に何度挑戦しても勝てないという事だけ。俺達は小さい頃から空手を始めたんだけど、俺は刹那に1度も勝てなかったので直ぐに辞めてしまった。
◆ずっと負ける相手にたまに勝つとやる気が出る。心理学用語でこれを『部分強化』と言う。ギャンブルで例えるなら、ずっと負け続けると面白くなくなり直ぐにやめる事が出来るが、時々勝つことで楽しみを覚え、やめる事が出来ずに逆に大金を失ってしまう。この心理を利用して、最初、少額をわざと勝たせて、後でレートを上げて大金を巻き上げるという手法はよく聞く話だろう。
勝てない相手にでも、時々勝つ事で嬉しくなり練習をし、負け続けても脳が勝った時の喜びを覚えていて再挑戦しようという気になる。◆
俺は刹那に勝つ事が1度も無かった。全ての事で……。刹那はスポーツ万能、容姿端麗、頭脳明晰と3拍子揃っているだけでなく性格も良かった。それなら、たまには負けてくれても良いじゃないかとも思われるかも知れないけど、刹那は手を抜いたりはしない。相手に失礼になるからだろう。
◆卓球というスポーツでは、10対0になった場合、わざと相手に1点を取らせるのがマナーだと言う。11対0という完封セットを避ける為だ。だが最近、この考え方が見直されてきている。そもそも、11対0でも11対1でもボロ負けに変わりない。それよりも、わざとミスをする方が相手に失礼だという事で、トップレベルの試合で完封して勝つ選手が増えてきている。◆
子供時代の俺は勝てないと分かると負けたものをしないようになっていた。勉強やスポーツをする機会が少なくなっていき、全ての事で刹那との差がどんどん広がっていった。そうなると、刹那とだけの話では無くなってくる。同級生相手でも、苦手意識が出てしまい楽しめない。
俺は刹那の事が嫌いという訳では無かった。性格も良いので嫌いになる理由は無い。一緒に遊びたい気持ちはあるのだけど、何をしても負けてしまうので、拒否反応が出てしまっていた。
◆こんな寓話がある。とある寒い日、2匹のヤマアラシがお互いの身体を寄せあって暖め合おうとしたが、近付き過ぎると自分達の針が相手に刺さってしまうので近付けず、離れると体温が伝わらず凍えてしまう。
永遠はヤマアラシの様に刹那に近付きたい気持ちと離れたい気持ちのジレンマに悩まされていた。◆
刹那はとにかく正義感が強い。悪人を裁く為なら自分を犠牲にする。
刹那が小学6年生の時、イジメをしている同級生に気付き、空手をやっているにも関わらず、イジメっ子をボコボコにしたらしい。その後、先生と両親からこっぴどく叱られたみたいだけど、反省などはしないと言っていた。正しい事をしたと思っているからだろう。今後、同じ状況があっても同じ行動をとるのだと思う。しかも、先生と両親も心の底では怒っていない筈だ。被害者の両親の手前、怒っているように見せているだけだと思う。被害者は劣等生、刹那は超優等生なのだから……。
俺達の両親も、知り合いには、出来の良い兄と出来の悪い弟と紹介しているのを噂で聞き、ショックを受けた記憶がある。
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