郷原

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郷原

また別の日、3年生の先輩、仲田さんと中山さんの2人が塩見にちょっかいを出していた。仲田さんと中山さんは俺と同じ2部リーグで、塩見は5部リーグ。塩見は非常に社交的で、先輩達にも気に入られている。仲田さんと中山さんも塩見を気に入っているのだけど、その日は、俺が見ていて少しちょっかいの度が過ぎているように感じた。 仲田さんが塩見の尻に蹴りを入れる。 「いや、ちょっと! 先輩やめてくださいよ~!」 「ギャハハハ!」 中山さんも塩見の尻に蹴りを入れる。 「いや、ちょっと! 先輩やめてくださいよ~!」 「ギャハハハ!」 さらに、仲田さんが塩見の尻に蹴りを入れる。 「いや、ちょっと! 先輩やめてくださいよ~!」 「ギャハハハ!」 さらに、中山さんも塩見の尻に蹴りを入れる。 「いや、ちょっと! 先輩やめてくださいよ~!」 「ギャハハハ!」 塩見はとにかくリアクションが良い。先輩達が何かすると大きなリアクションで返してくれる。今回も、少し前にされた事を覚えていないかの様に毎回同じリアクションをとって笑いを誘う。だけど、それによってお金を貰っている訳でも無ければ、お笑い芸人でも無い。ただ、周りを楽しませて雰囲気を良くしてくれているだけなんだ。実際、知らない人が周りから見ると楽しんでいる様にも見える。だけど、俺には分かった。塩見が嫌がっていると……。俺が注意しようか悩んでいると、1人の男が有無を言わさず、中山さんを殴り倒した。柔道部2年生のエース郷原さんだった。 俺は、郷原さんが柔道部だというのに殴り倒す行動にも度肝を抜かれたけど、上級生にも屈しない態度を見て、自分の兄、刹那がオーバーラップした。 更に中山さんを殴ろうとする郷原さんを仲田さんが後ろから止めようとするけど、郷原さんは右肘で仲田さんの顎にかち上げを決め、軽い脳震盪を起こさせた後、背負い投げで地面に叩きつけ、倒れた仲田さんを殴る殴る。周りで見ていた柔道部員が郷原さんを止める。 俺は郷原さんを止める事も出来ず、魂を抜かれたように、その混乱をただ眺める事しか出来なかった。郷原さんの行動が理解出来なかったからだ。郷原さんは、塩見と特別仲が良かった訳でも無く、不良と呼ばれる見た目で、正義感が強そうにも見えない。 結局、郷原さんは1週間の停学処分を受けた。 インターハイ前の大事な時期に、レギュラーの郷原さんが停学処分になり、停学処分が明けた後も、郷原さんの対外試合禁止が続いた。郷原さんが抜けた戦力ダウンの影響か、柔道部全体の雰囲気が悪くなったせいか、その年のインターハイ、吉谷高校柔道部は全国大会出場を逃した。 ◆3年前…… 永遠の出身中学のある数学男性教員は、授業の指導の良さに定評があり、生徒からも人気があった。だが、その性格の優しさ故に、苦手とする分野が2つあった。それは、不良への対応とイジメの問題だ。その年も、担任を務める2年2組に札付きの不良、郷原が居た。そう、後の吉谷高校柔道部エース、郷原だ。郷原は成績も悪く、他校と揉め事を起こしたりタバコも隠れて吸っている様で、ほとほと困っていたのだが、1点だけ素晴らしいところがあった。それはイジメを許さないという事だった。中学時代であれば、イジメと呼ばれないぐらいのイタズラや仲間外れなどは良くある。それがエスカレートするとイジメになってしまう。ただ、郷原はその前段階から許さない。郷原に怒られるという恐怖心で抑え込んでしまうのだ。郷原は何故イジメを許さないのか? 正義感が強い……訳は無い。小学生の頃に自分がイジメをしていて、それを止めさそうとした同級生と揉めた後、ボコボコにされトラウマになった苦い想い出があるからだ。そう、その相手が刹那だった。郷原はそれ以来、イジメを絶対に許さないようになった。これは郷原がプライドを保持する為、無意識に行なっているのだが、実は人間心理的に、嫌な想い出を忘れるのには真逆の行動なのである。この行動により、郷原は自分がイジメをしていて、刹那にボコボコにされた記憶が強く残ってしまう事になる。その為、郷原は高校生になっても、イジメに対して過剰な反応をしたのだった。 郷原は刹那にやられてから、空手を始めていた。刹那に仕返しをする為とかでは無く、自分の精神を鍛え直す為に……。そう、中学卒業まで郷原は空手をしていたのだ。だから、柔道部にも(かかわ)わらず、先輩を殴るという行動をとったのだった。◆
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