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インターハイ
俺は1年生の間、2部リーグに残留するのがやっとで、1部に上がる事無く3年生が引退した。3年生が引退しても1部リーグには上がれなかった。2年生になり、100人程の新入部員が入ってきて、半分以上が辞めさせられる頃になってもまだ1部リーグには上がれない。
その年のインターハイではエース郷原さんの活躍が際立った。郷原さんは180ぐらいの身長がありながら、柔道部にしては細身の体型だ。73キロ以下級ながらチームの大黒柱になっている。さらに、2年生の層の厚さで、吉谷高校柔道部創部以来最高となる、全国大会ベスト8という快挙を成し遂げた。さらに、エース郷原さんは個人戦全国準優勝という華々しい成績を収めた。
そして、3年生が引退し、俺は1部リーグに昇級した。結局、自力では1度も1部リーグに上がれなかったんだ。
俺には明らかに柔道の才能があったと思う。ただ、少し始めるのが遅かった事と同級生が強すぎた事で吉谷高校団体戦メンバーに選ばれない。6番手止まりだった。とは言うものの、吉谷高校柔道部の同級生上位5人は、全員が100キロ超級だ。巨漢が揃っている。だけど、同じ体重なら俺も負けないレベルに到達していた。
俺は春の選抜81キロ以下級個人戦で、全国ベスト16に入った。
高校最後の試合、インターハイでは、レギュラーの1人が怪我の為、不本意ながら、次鋒として団体戦メンバーに選ばれた。
インターハイ81キロ以下級個人戦はスター選手がおらず大混戦。運や全ての条件が整ったのだろう。俺は決勝まで勝ち進んだ。
そして、決勝戦開始5秒、相手選手が向かって左に体重を移動すると予測できた。すかさず払腰!
◆歴史に名を残すようなトップ選手であれば、必ず1度はこのような神懸かった経験をするのだろう。
野球であれば、打撃の神様と呼ばれた川上哲治さんの「ボールが止まって見えた」という名言が有名だ。150キロもの球は素人には当てる事も出来ないが、止まって見えるなら話は別となる。そんな経験した事無いよ、と思うだろうが、実は誰でも1度は経験している。ふとアナログ時計の秒針を見て、「あっ、止まっている。電池が切れたかな?」と思った瞬間、秒針が動き出した経験は無いだろうか? 俺には時間を止める能力が備わっているんだとニヤケた人もいるだろう。
これは『クロノスタシス』という現象だ。素早く目を動かした後、目を制止すると、その瞬間の映像が少し長く続いて見える様に錯覚する時があるのだ。この現象は意識をして行なっても、どうも体感出来ないようだ。
アスリートは、ずば抜けた動体視力に加えて、絶好調の時に、この現象が起こると世界が制止するような錯覚を覚える時があるのかも知れない。
将棋の天才で国民栄誉賞を受賞した羽生善治さんは、7冠を完全制覇した時に、全ての駒が止まって見えたと言ったとか言わなかったとか……。
永遠は今日初めて、そのような神懸かった経験をした。◆
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