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全国制覇
「1本! それまで!」
何と俺は優勝した。高校から柔道を初めて2年半で全国制覇! 歓喜の瞬間! 試合が終わると柔道部全員が俺に抱きついてきた。全員で喜びを噛みしめた後、恩師佐野の事が頭に浮かんだ。チームメイトをかき分け、佐野と向き合う。
「おめでとう、良くやったな」
涙が出た。いつからだろうか? 俺は小学校入学以降泣いた記憶がない。男泣きというのは、この事だと初めて経験した。
◆オリンピック等の大会で好成績を残すと屈強な男性でも涙を流す。何故か? その成績が嬉しくて泣いている訳では無い。これまでの辛かった練習の日々を思い出し、成果が実った事に涙しているのだ。そして、観客もその姿を見て共感し、同じ様に涙する。だが、ただ泣けば良いと言うものでは無い。
一昔前、フィギュアスケーターで、優勝の度に大泣きする選手がいた。あまりに大泣きするので、観客は共感出来ずに笑ってしまう。あんなに泣く事ないのにな、と共感できないのは観客のほとんどがそこまで頑張ってきていないからだ。彼らと同じぐらい頑張った事のある人なら共感出来るだろう。全国区の表彰台に立つような人は皆、一般人には想像しがたい努力をしてきている。血の滲むような努力というのは例えでは無く、本当にその通りなのだ。アスリートが泣くのは、涙腺が弱い訳では無く、涙ぐましい努力の結晶なのだ。◆
興奮冷めやらぬ中、翌日の団体戦。前日の俺の好調を見た佐野の判断で、俺は副将に大抜擢された。団体戦のメンバーは全員3年生。俺以外は全員100キロ超級で、個人戦の成績はそれ程でも無いのだけど、体格に恵まれているので団体戦は期待できる。そして、予想通り順当に勝ち上がり、遂に決勝戦。俺は相手校の大将と引き分けに持ち込み、吉谷高校は初となる全国制覇を成し遂げた。
◆出来の良い兄と出来の悪い弟の構図は逆転したのか? 否、兄刹那は昨年、空手インターハイで個人戦、全国準優勝をしていた。さらに、日本で2番目に賢いとされる、西京大学(通称西大)に楽々入っていた。母親はもちろん、そのどちらも喜んだのだが、永遠の全国制覇の時には、今までに見た事もない喜びようだった。準優勝と優勝の違いとかでは無い。出来の良い兄刹那の陰で日の目を見なかった永遠が、ようやくスポットライトを浴びる事になったのだ。親からすれば、どちらも可愛い息子に違いないが、出来の悪い子程可愛いものなのだ。知り合いにも永遠に気を使って刹那の自慢も強く出来なかった。これからは、刹那はもちろんの事、永遠の自慢まで出来るのだ。その喜びは一入だろう。◆
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