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「あっすみません……」
「いや、こちらこそ前方不注意だったね」
よろめく体を抱きとめられて、慌てて相手の顔を見上げると、眼の前には戸田課長が微笑んでいる。
「列車遅延大変だったね。朝からお疲れ様」
「あ、はい。遅くなりまして申し訳ありません……」
なんとか体勢を整えたものの、肩に置かれた指が離れていく気配がない。
「えっと……」
支えはもう必要ない、そう言いたくて再び戸田課長を見つめると、その表情はいつもと何かが違って見える。
その眼差しは部下に対するものではなくて、まるで好意を持つ相手に向けるように蕩けるような甘やかさで――――。
……あれ、戸田課長って、こんな顔をする人だっけ?
突然湧き出た違和感に混乱すると共に、先程までの田島さんとの会話が脳裏に蘇る。
『課長の方は、小西さんと個人的に仲良くなる気満々にしか思えないんですけど』
そんな馬鹿なと言いたいけれど、だったらこの表情の意味は何なのだろう。
だって、私、課長と個人的に好かれるような事なんてした覚えはないんだけど?
「小西さん?どうしたの?大丈夫かい?」
「あ、はい」
咄嗟に返事をしてみるものの、どうしよう。変に意識が働いてしまう。
「気分でも悪いのかい?」
すっかり狼狽え視線を彷徨わせていると、眉を顰めた戸田課長の顔が近づいてくる。
これは体調を気遣う、責任ある立場の人間としての、ごく当たり前の行動。他になんの意味など無い。だからこの違和感も、きっと気の所為。そうに決まっている。
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