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オフィスに響く溌剌とした声に、心臓がドクリと大きく跳ねる。ドアを開けた人物が誰なのかなんて、目を開けなくてもすぐ分かる。
いつもだったら話をするだけで心が浮き立つ、でも今は一番会いたくなかった人だから。
慌てて体勢を整えると、顔を背けてハンカチで目をゴシゴシ擦る。
「あれ?田中君、直帰じゃなかったっけ?」
どうか声が震えていませんように。
平常心を装いながら、ドアから背を向け作業する振りをする。
「会社にちょっとした用事があって……。っていうか、小西さん、大丈夫ですか?」
「……何が?」
「何がって、なんていうか……その、何か嫌なことでもあったのかな?って……」
戸惑いながらもこちらを案じている気配が背中越しに伝わってきて、それがまた涙腺を刺激する。
そんな風に優しくしないでほしいのに。
そんな風だから、勘違いして恋心をグイグイ募らせてしてしまうのに。
この期に及んで田中君の気遣いにキュンと来てしまう自分にほとほと嫌気がさしてしまう。気持ち悪い、とか思われたくはないというのに。
これ以上この場にいたら、気持ちの整理がつかな過ぎて、絶対にまた泣いてしまう。
「大、丈夫」
やっとの思いで言葉を絞り出すと、椅子から勢いよく立ち上がる。そのまま足早に部屋から出ようとドアノブに手を伸ばすと、手首をガシッと掴まれた。
「大丈夫って……。大丈夫じゃないでしょう?」
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