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咄嗟に身を捩ってみるものの、逆にその胸に引き寄せられて体に腕が回される。
「こんな時間まで一人で残業して、泣いたみたいに目の回りを真っ赤にさせて……。なんでもない、なんてことないでしょう?誰かに無茶な仕事を頼まれたりしたんですか?それともまた山下達から何か変なちょっかいでも出されたりしたんですか?」
苛立たしげに吐き捨てるその口調には、いつもの朗らかさの欠片もない。
「そんな顔、させたくないのに」
田中君の長身にすっぽりに包まれた状態では、彼が今どんな顔をしているのかはわからない。けれど辛そうに絞り出されるその声に、こちらまで胸が痛くなってくる。
「……小西さんを泣かせたくないのに」
背中に回された腕に力が込められて、いよいよ体が密着する。ほんの少し身動きする度感じるのは、シャツ越しの田中君の体温と大きく脈打つ心臓の音。
どうして田中君はそんな事を言うのだろう。
どうしてそんなに悲しそうな声なのだろう。
……っていうか、なんで今私、田中君に抱きしめられてるんだっけ?
ただの同僚を心配しての行為にしては、なんだかちょっとスキンシップが激しすぎではないだろうか?
それとも今の若い子達ってこういうのがスタンダードなやり方なんだっけ?
どちらにしても内心疎ましく思っている相手に対するものではない気がするし、いよいよ息も詰まりそうになってくる。
「ちょ……田中君、苦しい」
「あっ……すみません、つい」
混乱しながら腕を叩くと、回されていた腕が離れて漸く体が開放された。
呼吸を整えながらチラリと様子を伺うと、田中君は額に手をやり何かとてつもない失敗をやらかしたような、やり切れない表情を浮かべている。
なんで田中君はそんな表情をしているのだろう。
「あの……田中君は、同僚から突然好意を寄せられたら、気持ち悪いって思っちゃう?」
なんの脈絡もないし、こんな事を聞いたところでどうなることでもないだろう。
けれど田中君の顔を見つめていたら、思わずそんな台詞を口に出していた。
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