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「田中君、好きな人……いるの?」
「……それ、小西さんに関係あります?」
平常心を装った問いかけは、取り付く島も無い態度で返される。
「あ、ごめん……。余計な詮索しちゃったね」
視線を逸らすと、口を真一文字に固く結ぶ。
辛うじて謝罪の言葉は口に出来たけれど、ある考えが頭に浮かび、その衝撃に目眩を起こしてしまいそうになってしまう。
田中君に、好きな人がいるかもしれない。
どうしてその可能性を考えなかったのだろう。
指先がじわじわ冷たくなってくる。
本当に頭がお花畑になっていたにも程がある。
突きつけられた現実に、心がいよいよ萎んでいく。
先程迄田中君の腕の中で浮かべていた汗はすっかり引いて、今となっては室内に吹く風が肌を容赦なく刺しまくる。
「……エアコン利きすぎてるね」
二の腕を擦りながら呟くも、田中君からの反応は無い。
パソコンのモーター音だけが唸りを上げて、室内はひりつく様な静寂に包まれる。
どうしてよいのかわからない。そんな空気を破ったのは、田中君の静かに息をつく音だった。
「小西さん。もうこんな時間だし、続きは明日にしませんか?駅まで送っていきますよ」
そして机の上の書類と時計を交互に見た田中君は、こちらに再び視線を向けるのだった。
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