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「このバンド、今俺のイチオシなんだ」
そうハルに手渡されたのは、一枚のCDだった。俺は手に取ると、パッケージに書かれたアーティスト名だろう言葉を読み上げる。
「……『インディペンデント』?」
「え、お前英語読めんの? すげえな」
「うん。このバンドが、どうかしたの?」
「いや、本当まじでかっこいいんだよ。とにかく聴いてみろって」
そう何枚目かも忘れたCDを、ハルはセットして流し始めた。その瞬間に、これまであまり微動打にしなかった心が、一気に突き動かされたのを覚えている。きっかけが何なのかは分からない。ただ、流れ始めたメロディーの一音と、ボーカルの歌声を聴いた瞬間に、俺は体の中全身が釘付けにされたかのように、一曲が流れ終わるまで、ずっと一言も発さずに、ただひたすらに、その音楽に聴き入っていた。
「ねえ、ハル。また、ここに遊びに来ていい!? 僕、ちゃんとママにバレないように来るからさ!!」
ハルは、それを屈託ない笑顔で受け入れてくれた。その日以来、俺はハルの家に通っては 、''independent''を聴き漁って、'' independent ''が特集された記事を読み漁った。そうして、'' independent''のボーカルが、加賀秀太という男だということも、そこで知った。
そうして俺の心は次第に、''independent''の曲から、加賀という男自体の生き方に傾いていき、彼は俺の中で、唯一無二の心の支えになっていった。
俺もバンドを組みたい。加賀さんみたいに、かっこよく、痺れるような歌を歌って、皆を感動させたい。そうしていつか、''independent''みたいに、武道館とかそういう大きなステージに立ってライブをするんだ。そんな夢を持ち始めるまでに、そこまで時間はかからなかった。
だが同時に、諦めていた。俺にそんな選択肢、最初から許されちゃいない。俺は母親の言う通り、医者にならなければならない。母さんは、俺の唯一の家族だったから。母さんが望むなら、いくらでも良い点数を取ったし、進学校にだって進んだし、歴史を学びたいという気持ちを抑えて、文系ではなく理系に進んだ。母さんを幻滅させることなんて、悲しませることなんて、絶対にしたくなかった。
それに、ハルがいる限り、俺は「加賀さん」にはなれない。「加賀さん」になるべきなのはハルだ。中学に入ってから、だんだんと分かっていた。あいつは、天賦の才能を持っているって。
あいつの歌を聴いた瞬間に、周りの人達は一斉に感銘を受け、一目散にあいつを褒めたたえ、すぐに自身の中での「自慢の友達」にする。あいつは常に人に囲まれ、それでもあいつは自分の才能を鼻にかけたりしなかったから、とても人望の厚いやつになっていた。勉強してばかりで、常に陰の暗い所にいた俺とは違って、あいつはいつも、陽の光の当たる所できらきらと輝いていた。
だから、そういうやつが、フロントマンにふさわしい。フロントマンには、カリスマ性も必要になってくるから。俺みたいなやつは、あいつが一番輝けるように、懸命に後ろで支えるのがお似合いなんだ。いつしか、そう考えるようになっていた。
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