取材『近所の老婆の証言』

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取材『近所の老婆の証言』

………・・・・・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「────ああ、よぉっく憶えてるよ」  畑仕事をしていた老婆が、そう笑った。 「この辺りの地主の本家様でねぇ。娘さんが亡くなってからは遺されたお孫さんを、ひっとりで育てられて……うぅん、しっかりなさった方でねぇえ。女一人でよう、なさってたもんだよぉ」 「……そのお家、今は、」 「……そっこの山、見えんでしょ? そこ、崩れてるでしょぉ? そこが本家のお屋敷が在った場所。十年位前かねぇ? もともと、ここいらは水捌けの悪い土地でねぇえ? 昔っから山崩れや水害が多かったのよ。でんも、」  老婆は己が指差した、山崩れの跡を見遣った。 「なっぜか、あの本家のお屋敷だけはいつも無事でねぇ。すぐ横が崩れても、あのお屋敷の在るところだけはびくともしなくて。不思議だったねぇ」  それが、とうとう十年前、崩れたのだと言う。 「まぁ、もうそんときにはお孫さんもお嬢さん連れていなくなったあとだったでね。なぁんも問題無かったんだけど」 「じゃ、今も別のところに?」 「うぅん。確か、お孫さんは結婚せんでお嬢さんをお産みになって……そのあと遠縁の親戚だかの紹介で、議員さんか何かの後添いになったのよぉ」 「後添い」  繰り返すと、老婆は深く頷いた。 「未婚だけど連れ子のいるお孫さんと、子供はいないけど再婚の議員さんは、丁度良かったんだろうねぇ」  このあと、二、三、他愛無い会話をして挨拶し、車に戻った。 「どう思います?」 「どうもこうも無いだろ。そもそもその手記、当てになるのかよ」  車に戻って、運転席の(たもと)に添田が零した。袂は、ボロボロの封筒から二枚の紙を取り出し、拡げた。  その封筒が添田たちの編集部で見付かったのは、数日前のことだ。  消印、宛て名、共に無し。編集長に問うても、「俺の前任の編集長なら知ってるかもなぁ」と、故人の話を振られる始末。  例によって、添田が胡散臭そうにポイ捨てしようとしたのを、袂が面白がって引き取った……のだが。 「何で俺まで借り出されるんだか」 「良いじゃないですかー。どうせネタ無くて困ってたんですから。連名にしてあげますから付き合ってくださいよ」  紙から目線を上げず、不貞不貞しく袂が言う。最近、後輩として遠慮が無い、と、添田は嘆息しつつ買って置いたカフェオレを口にした。 「……手記の通りだとすると、お孫さんはこの文章に在る得体の知れないものの子を産んだってことになりますけど」 「村の男に夜這いされたとか、そう言うことじゃねぇのか。胸糞悪いけど」 「まぁ、現実的にはそう考えるのが妥当ですよね」 「第一、本当にそれ、その孫娘が書いたのかよ」  創作じゃねぇのかと、添田の意見に、袂は親指で顎をとんとん打ちながら考え込む。 「事実を元にした、フィクションだと?」 「じゃねーの? て言うか、実在しているなら(ぼか)すか取材して許可取るかしねぇと、載せらんねぇぞ、これ」 「ですよねぇ……て、言うかですよ。僕、気付いちゃったんですけど」 「あぁ?」  袂が、何かに思い至ったように、ふと口の端を吊り上げた。 「旧家の出で連れ子で議員と再婚て、あの『少女M』の母親も同じですよね。しかも経緯も境遇もまったくいっしょ」 「……偶然だろ」  言われて、添田も『少女M』の母親の経歴を脳内で浚う。 『少女M』。  以前、巷を騒がせた大量殺人事件の犯人の通称だ。十代の少女が廃村で犯罪者相手に起こした犯罪の全貌と少女自身の素性は、世間に衝撃を与えた。  そして、彼女は今また行方不明だった。  入所していた施設の職員、並びに入所者を殺して。  このことも、当時は多大な反響を呼んだ。 「とにかく、もうやめだ、やめ。これ以上何も出ないってことで終いだ」 「えぇ。マジですか。ここからなのにぃ。……てか、もしこの孫娘が『少女M』の母親だったとしたら、ちょっと面白いことになりません?」 「はぁあ? どこがだよ」 「だって、大の男を含む世に裁けなかった多くの犯罪者を皆殺しにして“現代の津山三十人殺し”とか呼ばせた一人の少女が、鬼の末裔だったなんて……まるで小説や漫画みたいじゃないですか」  心底楽しそうな袂にげんなりとした添田は、勢い良く飲料ホルダーへカフェオレの缶を戻すと批判した。 「手垢べったりのそんなん、イマドキのフィクションでも流行らねぇよ」 「同じこと、昏木(くらき)さんにも言えます?」  添田の批判に、袂は一ミリも笑みを動かさず即座に返した。袂から出た幼馴染みの名に、添田は眉を顰めた。  旧家で、因縁が在って、祖母が絡んで。  奇妙な、いっそ都市伝説と評せそうな内情を持つ。  幼馴染みと、『少女M』の符合する特徴に、添田は瞑目した。 「……。ああ、言えるね」 “ベタな設定は、現実だからゆるされる”のだと、添田は言い切った。  どんな現実もひとたび紙面に踊れば、もうフィクションとの差は無くなる。  そうして、読者と言うのは我が儘だ。  普通の、平凡な、現実と言うものしか見ない。  たとえフィクションが現実でも、認知は決してしない。  だからこそ、線は引かねばならない。添田は「あ、」袂の手から封筒と紙を取り上げた。 「ともかく、コレはお蔵入りだ」  紙を丁寧に折り畳んで封筒に仕舞うと、ダッシュボードの中へ放り込んだ。    【 了 】
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