JKの婿入り~ただの女子高生が世界を救った話

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JKの婿入り~ただの女子高生が世界を救った話

   ニュースサイトの速報で「世界の終わりまで一箇月を切りました」と流れた。  正直、私にはどうでも良かった。  だって、私を取り巻く環境は微塵にも変わりはしなかったから。  ニュース速報の一報やお偉いさんの発表より。 「ねぇ、どうしてそのように、一個を多数が攻撃しておりますの?」  日傘を差す、肉色をした向日葵風船の質問が、私の日常を変えてくれた。    【 JKの婿入り~ただの女子高生が世界を救った話。 】  私はよくニュースを観ていなかったから、ちゃんとわかっていなかったんだけど。  どうも、世界はもう少しで終わり掛けていたらしい。あっそ、と言う感じだった。  だって、世界が終わろうとしていても私は家を出て行ってしまった父にも再婚して新しく得た息子に夢中の母にも必要とされていなかったし、何なら学校では友達がいないだけでいじめられていた。  あの日も、そうだった。  世界が終わろうって言うのに全校集会だかで学校は在って。荷物を纏めていつ避難するかで盛り上がる家族は、こんなときでも登校する私には一瞥もくれなかったし、その通学路の途中に在る脇の公園では飽きもせず変わらぬ顔触れで私をいじめる同級生に足止めを食らっていた。そう言えばキャッチボールみたいに交互に押され、殴る蹴る、転ばされてからは踏まれもされる間「お前が死ねば隕石も落ちるのやめんじゃね?」とかいうようなことを言ってる莫迦がいたな。隕石が一般人のJK(女子高生)一人死んだところで落ちるのをやめるとか、どう言う因果か教えてほしい。量子論? シュレディンガー?  世界が終わろうと、いつものことだなーと甘んじて私は受けていた。一応目とか、致命傷になりそうってところは素人なりにガードしつつも。  こんな、ときだった。 「もし、」  何だか音割れした、出来の悪いスピーカーから出たみたいな声が響いた。最初こそ私にご執心で気付かなかったいじめっ子共も「もし、そこの人たち」再びの声に動きを止めた。  興を削がれたいじめっ子の一人が「ぁあんっ?」威嚇しながら振り返った────が。 「ねぇ、どうしてそのように、一個を多数が攻撃しておりますの?」  次の瞬間、威嚇したいじめっ子の振り返り様と同時に声の元へ注目した全員が、絶叫にも等しい悲鳴を上げて一斉に走り出した。蜘蛛の子を散らすとはこのことだ。  蹴倒されて転がっていた私だけが反応に遅れ、“それ”を見上げていた。 「あら、どうされたのかしら?」  管楽器の音を、幾重にもわざと外して鳴らしたみたいな、罅割れた音声…… 「────」  に、似合わず可愛らしく肩を竦め小首を傾げたのは、日傘を差した向日葵の形をした肉色の風船だった。  一見すれば、ベールを被ってピンクのドレスを着た、日傘を差す貴婦人風。現代的に言えば、甘い系のロリータファッションなのだ。まるでその道のデザイナーが風船で作ったように、精巧だった。  だがこれらを構成するのは、すべて内臓を彷彿させるかの如くてら光りする生々しい質感の、余りにもグロい代物だった。  日傘を持つ手はつるりと指も関節も無く、ドレスも、血管が見えないだけの剥き出しの内臓みたいだ。注視してみたら、髪かベールと思った後ろに流している物体も、日傘さえ、同質の何かだった。  そうして頭と思しきそこには……花びらが無いだけで、見事な向日葵だ。向日葵って二重構造で外は舌状花で花びらが、中央は筒状花って言ってこう、小さい花や蕾がぎっしり詰まってると思うんだけど。  そんな感じ。びっしり、中央に向けて細かい、他の部位とは違う質の何かが生えている。光り方からして、硬そうだから歯? この顔なのか不明の天辺を、私に構わず肉色の向日葵はいじめっ子たちが走り去っていたほうへ向けていた。  今なら逃げられるかもしれない。考え付いても、動けなかった。でも、なぜだろう。 「……もし、」  不思議と、恐怖感は無かった。 「どうして、あなたは攻撃されておりましたの?」  俯せで寝っ転がっている私に目線を合わせようとしゃがんで、覗き込まれていても。  ……結果として。 「ふふふ、お口に合って? この国の首相官邸? ってところの方からいただいたのだけど」  何と一般人のJKが世界を救ってしまった。 “どうして、あなたは攻撃されておりましたの?”  あれから、私は肉色向日葵風船の質疑に応答しなかった。  コレは何なのかと言うことばかりが脳内を占拠していたからだ。出来の良いコスプレイヤー? けど、コスプレイヤーにしたって造形が生々しく感じる。本物の、まさかのクリーチャー?  肉色向日葵風船の貴婦人は……や、ロリータ? は、応えないからといじめっ子たちみたいに殴る蹴るもせず、クリーチャーなら私の脳を啜ると言う行動もせず、日傘を持つ手とは逆の手を向日葵の縁、人間なら頬に当たるのか? って部分に添えて少々上を向き……私に再度顔を俯けると。 “もしかして、あなたが強いから、攻撃されていたのかしら”  と、明後日の方向に暴投した思い付きを尋ねて来た。 「……うん、美味しいよ」  私はあのとき、うんともすんとも言わなかった。けれど彼女、今だから言えるけれど彼女は一人で推考し、勝手に納得してしまった。  曰く、彼女の中で、明らかに人類と違う彼女にも動じない私は大した人物で、ゆえに認められない多勢から迫害を受けていたのだろう、と。  曰く、生物と言うのは淘汰するもので異質なものを排除する傾向が在る。大勢が認知すれば別だが、少数は除去しようとするものなのだ、とか。  曰く、だから私もそうなのだろう……と。  異星人(・・・)の彼女は自分の中で勝手に結論を出し。 「決めましたわ」  すっくと立ち上がって、私のほうへ指の無いつるんとした蛸染みた手を差し伸べると、告げた。 「私、決めましたわ。  あなたを、私の伴侶にしましょう」  こうして私が婿探しに来ていた彼女の伴侶に選ばれたことで、地球外の超科学に拠り地球に飛来し掛けていた隕石は、木っ端微塵に消え去ったのだった。 「そう、良かったわぁ」  彼女、曰く、私たちでは到底発音不可能な名前の星の、彼女は地球で言うところの支配階級だそうで。  彼女の星は地球とは異なる生態系で、資源がどうとか食糧問題がどうとかは無いらしいのだが、解決出来なくなった問題が一つだけ在った。  それは、生殖問題。  人口なんぞと言う概念の無い彼女たち星の人々は、気が付けば皆が生物的に近親者のような感じになってしまった、らしい。  そもそも、彼女たちは思念体が主で在るので、『(ハード)』のことは二の次だったようだ。  こうなると、地球で言う血の濃さと言うかで遺伝性の病気が流行る。さて困ったぞ、と支配階級は協議した。  で、“じゃあ星外の、特に閉じられた星の人間から遺伝子貰えば良いんじゃないの”となったそうで。  何で閉じた星にしたかと言うと、そのほうが交渉の余地が在るとかって言う割とゲスい理由っぽい。  コレが、数千年前のことだとかで。  近隣の星とはもう交配が進んじゃって、彼女の代にもなると辺境の星くんだりまで来ざるを得ず。  そこで選ばれたのが、滅び掛けの地球だったと。  早速地球の近くに来た彼女たちは、条件を出した。 “地球人を姫の伴侶に差し出せば助けてあげるよ”と。  地球の王国で言うところの大臣たちは各国の主要政府にお触れを出した……んだけど。 「私はどれも酸味と渋みが強い気がして、苦手なの」 「あ、アールグレイって、独特らしいから……」 “伴侶は自分で捜します!”  って、独断で降りてしまったらしい。宇宙外行動用アバターで。……そう。  今、目前で私の前にいる肉色向日葵風船は、彼女の本体ではない。 「……」  空のもっと向こう、成層圏の先に停泊している彼女の宇宙船から、彼女は思念体だけを飛ばし私とお茶会していた。  現在、私がいるのは、とある上流階級が代々御用達しにして来たホテルのスウィートルーム。  私室として宛行わられたこのホテルの一室と学校を行き来して、放課後は速やかに帰路に就き彼女と過ごすのが、今の私のルーティンワークだった。  私と彼女が出会って彼女が私を伴侶に決めた直後、世界の主要政府が公式発表した。  それからは面白いくらい、私の環境は激変した。  まず移動には明らか高級な車が送迎するようになったし、学校でもどこでも警護が付いて回った。  私の保護者は国になった……なんだよ国って、と思うだろうけど、国なんだもん。  父親は知らないけれど、母は再婚相手と弟と目を丸くして、言われるまま書類にサインして判を押して、私の養育権を放棄した。  御蔭で、いじめっ子たちは私に手出し出来なくなって面白くなさそうにしているが、睨んだだけで警護のいかついおっさんたちが目を光らせるので舌打ちすら出来ないみたい。  まぁ、別段楽しくも無いんだけど、少しは胸の空く想いだった。  その前に、彼女が。 「もしまた攻撃されたら、私に言ってくださいね」  と言ってくれてるのだけど。……うん、彼女だったら、えげつないことも超科学でいとも容易く行えるのだろう。絶対言わない。  言わなくても、彼女には筒抜けのようだけれども。 「私ね、うれしいの」 「え?」 「あなたが私を受け容れてくれて」  ……。確かに、彼女は異星人、つまり宇宙人だ。見た目は人外だし、容貌は地球人から懸け離れている。  多勢に無勢だったいじめっ子たちも脱兎の如く逃亡した程だし、そりゃあ、受け付けない人のほうが多いかもしれない。  だけれど「そっか、」私は彼女の、指が無いつるつるした手を取った。 「私もね、同じ地球人より、あなたのほうが良いって、思っただけなんだよ」  有名な歌にも在るじゃない? “地球の男に飽きたところよ”って。……飽きる程男なんて知らないけどね。  少なくとも、この肉色向日葵風船のお姫様が壊した日常に、私は何の未練も無かった。  あんなのに比べれば──────。 “……良いのか?”  不意に過った、彼女より硬質な、同系の恐らく大臣クラスの肉色向日葵風船の説明。彼女と違って低くて通りの良い、良い声だった。彼女みたいに多重にはなっていたけど。 「……」  私は一度瞼を閉じて。 「よろしくね、私のお姫様」  私が笑って口にした科白に、地球人のような顔形じゃないのに。 「────」  彼女が、よろこびに面差しを綻ばせた気が、私にはしていた。 “茶番だな”  彼女と……彼ら(・・)の体と同質の素材で出来た宇宙船────実際には彼女彼らの体そのものの融合体内部。思念で状況を覗き見ていた者たち(・・・)が、また思念で会話していた。 “まったく、姫の我が儘にも困ったものだ” “良いではないか。我らは基本思念体。こんなことで姫の機嫌が良くなり、母胎としての機能もちゃんと果たせるなら微々たる問題だ”  やや憤る思念波に、別の、憤る思念波より年嵩に感じる思念波が宥める。  けれど逆効果だったようで、思念波は殊更荒ぶってしまった。 “まったく、貴殿は甘過ぎる! 子を成せる母胎期に他の遺伝子を組み込まなければならんのだぞ! 悠長な時期は、” “まぁまぁ、そう怒るでないよ……いざとなれば、遺伝子情報だけ貰えば良い” “貴殿はそう言うが、……子の数を鑑みれば、爪や唾液だけでは足らんのだぞ……ましてや姫のアレは、地球上では雌なのだろう” “ほっほっ、異なことを言う。我らに、ましてや異星人間での生殖に固有の性別など意味は無い。せいぜい、地球の人間では雄のほうが遺伝情報を採り易いと言うだけ。雌でも同量の情報は得られる”  暖簾に腕押しと言う風に手応えの無い思念波に、徐々に荒ぶっていた思念波は落ち着きを取り戻す。無意味だと悟ったせいだろう。 “……。だが我らの交配方法は、文字通り取り込む(・・・・)のだぞ” “然様。この地球で言うところのチョウチンアンコウと言うのと同じでな” 『チョウチンアンコウ』とは、水深八百メートルに棲まう深海魚だ。雌雄に体格差が在り、交配時に雄は雌の体に齧り付き、ここから雄の組織と雌の循環系が結合すると、雌から栄養などを得られる代わりに雄は雌の体と同化する。  そして、最後には雌が産卵するタイミングで『精子バンク』として機能するのだ。たまたまだが、彼女たちの交配方法に酷似していた。  もっとも、個別の思念波を持ち思念体が主要である彼女たち、あるいは彼らにとって肉体など大地の延長線でしかない。依り代さえ在れば良いのだから。  だけれども居心地と言うものが在る。防衛するための殻としても。やはり、個体で無くとも体は在るほうが良かった。 “まぁ、大丈夫だろうて。アレで今代の姫は執着心のお強い方。もう二度と放すまいよ”  老獪な笑みを浮かべていそうな思念波に、憤っていた思念波は完全に沈黙した。 “……”  一つの思念体は、黙思する。そうして、一つ、融合体の何処(いずこ)かで嘆息が洩れる。内部でなく外部でなので、宇宙空間に静かに融けて消えてしまったが。  思念体は考える。楽しげにする姫の伴侶に選ばれし少女、奇しくも姫に見付かって気に入られ、伴侶とは名ばかりの婿候補になってしまったJKのことを。  (いず)()の義息、いや、義理の娘になるのかもしれないあの少女が些少であっても、今後幸多からんことをと。  思念波の外には個を失って尚、思慮深い彼は。    【 了 】
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