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兄の葬儀から数日後、今日も俺は学校を休んだ。
学校の先生は寧ろ落ち着くまでゆっくり休んでいいと言われた。その間の授業も、友人たちが代わりにちゃんと聞いておくとも言っていた。幸い周りにだけは恵まれていた。
そして今日、俺は兄の部屋の掃除のため不動産屋から鍵を預かった。父も母も兄の私物は全て処分すると言っていたのでそれだけは待ってくれと我儘を言い、取り敢えず欲しいものだけ持っていって残ったものは全て業者に持って行ってもらうということになる。
だから俺は、その前にある人に連絡を取ることにした。
最寄り駅駅前通りの喫茶店。
待ち合わせに指定されたその店に足を踏み込めば、お洒落な空間が広がっていてなんだか落ち着かない気分だった。まるで自分だけが場違いではないか、そんな風に思えるほど自分が浮いて見えた。
その人の姿はどこにもない。注文したカフェラテを片手に、隅っこの窓際の席で携帯と窓の外をチラチラと見ていたときだった。見覚えのあるすらりとした影が見えた。そして、店の扉が開く。
「っ、花戸さん……!」
そこから現れたのは待ち合わせ相手の姿だった。
あのとき斎場で出会ったときとは違う、ラフな格好をしたその男――花戸成宗は俺の方を向いて「わ、びっくりした」と目を丸くし、それからやあ、と気さくにこちらへと近付いてくる。
「……おはよう、えーと……」
「間人です。……生天目間人。すみません、いきなりなのに来てもらって」
「いいよ、気にしなくても。それに、俺もあいつの自殺の理由は気になってたから」
葬式が終わったあと、俺は花戸さんに声を掛けようとしたがてんやわんやしていた会場では会うことができなかった。だから、芳名帳に記載されていた電話番号をメモして、そしてその晩連絡を取ったのだ。
我ながら強引なことをしたと思う。けれど、花戸は『兄の自殺の原因を調べたい、少しだけでもいいのでお話をお伺いしたいです』と素直に伝えれば二つ返事でこうして会って話すことを了承してくれたのだ。
花戸はいい人だ、普通なら断られても仕方ないことをしてるのにそれでも花戸の方からこうして時間作って会うことを許してくれたのだ。
「取り敢えずなにか頼んできていいかな。ごめんね、朝食べ損ねててさ」
「あ、いえ……」
「間人君は朝ご飯は?」
「俺はおにぎり作ってきましたので大丈夫です」
尋ねられ、そうリュックの中からアルミホイルで包んだおにぎりを二つ取り出せば、花戸さんの目が丸くなる。
「え? ……それ自分で作ったの?」
「はい、もしかしたら帰りも遅くなるかもしれないからと思って……」
「……前も思ったんだけどさ」
「はい?」
「君って侑と似てないよね」
「侑なら絶対おにぎりなんて作らないよ、手間考えるならコンビニで買った方がいいって」そう、花戸は言いながらふふ、と微笑むのだ。その言葉にハッとする。
兄と似ていない。それはずっと言われ続けてきた。俺は兄のように繊細でもなければ、頭も良くない。だからこそ、俺のないものを全て持っている兄が俺にとっての誇りでもあった。
けど、今花戸が言ってるのはそういうことではないのだろう。
「兄なら……そうですね、兄はあまりこういうのは好きではなかったので。すみません、その……」
浮かれると周りが見えなくなる。それは昔からの悪い癖のようなもので、学校の先生からも何度も通知表に書かれてきた項目でもあった。
カップルや大人な客がいるこのお洒落な空間で、突然ボロボロのおにぎりを取り出してみようものなら一緒に居る花戸まで変に思われる。そう気づき、恥ずかしくなって慌てておにぎりをしまえば「いや、謝んなくていいよ」と花戸は俺の顔を上げさせてくるのだ。
「寧ろ俺は偉いなって思うし。……高校生? だよね?」
「……はい、高三です」
「俺が間人君くらいの頃絶対やんなかったよ。……今でもやんないかも。だからすごいなってしみじみ思っちゃった」
花戸は優しい。だからこそタイプは違えど兄も彼に心を開いたのかもしれない。ぽんぽんと肩を叩かれ、励まされてしまう。「ありがとうございます」とまた頭を下げれば、花戸は微笑んだ。
それから花戸は軽食を取った。
俺はカフェラテを飲みながら、花戸さんと今日の流れについて確認する。
勿論一番の目的は兄の自室に行き、遺品を受け取ることだった。明日には業者が手配されていた。兄の部屋は清掃されているらしいものの、それでもやはり現場が現場だ。不動産屋には再三確認された。両親からもやめろと止められた。それでも俺は兄の死から目を背けることはできなくて、そのことを伝えれば花戸が車を出してくれると申し出てくれたのだ。
「遺品整理は君が鍵を持ってるんだからいつでも大丈夫なんだろ?だったら、それまでに行けるところに行ってみようか」
「行けるところ……ですか?」
「大学、バイト先――どこかでその恋人の情報とやらが手に入るかもしれないよ。ああ、安心して。車は俺が出すし、俺も今日一日空けてるから」
「いいんですか?」
「勿論。……それに、これは君のためであると同時に俺のためでもあるからね」
「俺一人だったら踏ん切り付かなかっただろうから」と俺を見据え、頬を綻ばせる花戸。その目は寂しそうで、こうしてニコニコしていても俺と同じように花戸も友人を亡くした身なのだと思い知らされるようだった。
「花戸さん、ありがとうございます」
「ああ、いいよいいよ座って。……間人君は本当真面目なんだね」
真面目なんて、そんな誇れるようなものではない。
結局俺のエゴなのだと頭では理解できていた。
兄が俺よりも優先した相手を知りたかった。その上、兄が亡くなっても姿現さなかったその恋人を。
とどのつまり、俺は自分が納得したかったのかもしれない。自分や家族までもを捨てて飛び出したにも関わらず、幸せにもなれずに死を選んだという兄はこの世に存在しなかったと。何かが理由があるはずなのだと、知りたかっただけなのだ。
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