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 何も考えることなどできなかった。  考えたくもなかった。  最低最悪の状況で、最低最悪のやつに犯されて、射精してるのが自分自身だとは思いたくなかった。  声を遮るように顔面を座布団で塞がれたまま執拗に奥を突き上げられ、前立腺を潰される。自分が自分でなくなっていき、ただの肉塊に成り果てることができたのなら。 「……っ、間人君」  息も出来ない、そのまま殺してくれた方がまだましだ。  どくどくと脈打つ性器を深々と突き立てられたまま逃げることもできなかった。ひっくり返った蛙のような格好のまま抱き締められ、何度も何度も何度も腹の中をやつの性器が自分の形にするみたいに行き来してその感触がひたすら不快で嗚咽が漏れそうになるのも塞がれて消える。  息苦しさのあまり意識が遠のく。ああ、このまま殺せ。こんな屈辱受けるくらいなら――。 「ー―間人」  先程まで覆い隠され、何も見えなかった視界に光が射した。急な明かりに視界が白く染まり、ほんの一瞬何も見えなくなる。  それも束の間、じんわりと輪郭を取り戻す視界の先に確かに兄がいた。「兄さん」と喉の奥から声が漏れそうになったとき、靄がかった視界がはっきりとする。  そして、そこには目を見開いたままこちらを見下ろす花戸がいた。その口元には笑みを浮かべ、「兄さん?」と花戸は笑う。  次の瞬間。 「ぉ゛ッ、ひ……ッ!!」  ごりゅ、と臍の裏側を亀頭で削るように突き上げられた瞬間、畳の上の体が跳ね上がる。痙攣する下腹部を抱えたまま、花戸は興奮したように更に体を揺さぶり、腰を打ち付けてきた。 「兄さん、って呼んでくれたんだね、間人君……っ! ふ、はは、そうだよ? 俺が新しい兄さんだ……ッ!」 「ん、ぅ゛……ッ!!」  覆い被さり、耳元で笑う花戸に背筋が凍り付いた。止まるどころか激しさを増すピストンに耐えきれず、腰が浮いたままガクガクと内腿の筋が震える。内臓を下から押し上げられ、声が出てしまいそうになるのを慌てて口を塞いで耐える。それを楽しむようにわざと今度は緩急をつけて花戸は腰を動かすのだ。 「っん、ぅ゛……ッ! ふ、ぐ……ッ!」 「嬉しいよ、あいつにもこうやって報告してくれる君が見れるなんて……っ、は、ぁ……っ、ねえ、君のご両親にもちゃんと挨拶しなきゃね……っ」 「ぅ……ッ、ふ……ッ! ん、ぅ……ッ」 「ほら、逃げないで。……っ、中にお兄ちゃんの精子、たくさん出してあげるからね」 「これでもっと家族に近付けるね」そううっとりと微笑む花戸。隙間ないほど腰を打ち付けた状態で深々と挿される性器。その太い血管からどくどくと流れ込んでくる脈を感じたとき、みっちりと詰まったそこに大量に放出される熱に声にならない声が漏れた。 「……好きだよ、間人君」  意識が遠退く中、そう囁く花戸の声が鼓膜から脳へと直接落ちていく。  次に目を覚ましたときは、車の中だった。  微かに揺れる車体の中、隣では運転している花戸がいて、はっと体を起こそうとしたとき股の間でぬるりと嫌な感触を感じて血の気が引いた。  ――そうだ、俺はこの男に……。  それ以上のことなど思い出したくもなかった。  車の中にいることにはさして驚かなかった。きっと、この男が簡単に帰すつもりはないと最初から分かっていたからだ。首にそっと触れれば、マフラーの下、相変わらず無骨な首輪が巻き付いてるのを確認した。  最早、嫌気というものを感じる部分すらも麻痺しているようだった。この男の存在そのものが俺にとっては害悪でしかなかったからだ。 「まだ眠ってていいよ。……着いたら起こすから」  すり、と手に何かが触れ、膝の上、花戸に手を繋がれたままだということを気付く。振り払おうとする気にもなれなかった。この男の言葉になど甘えたくない。けれど、顔すらも見たくなかった。  俺は目を閉じ、眠るふりをすことにした。  恐ろしいほど、心中は凪いでいる。冷静とは違う、唯一の守りたかった聖域をあそこまで踏みにじられたときの対処を俺は知らなかった。どうすることもできず、引っ掻き回されて、残ったのは汚された思い出だけだった。  整理つかない頭の中、震えの収まらない体を抱えることしかできない。  この男を同じ人間だと思えない。隣に座るのは人の皮を被った化け物だ。
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