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「それじゃあ、少し片付けしてくるね」
食後、再び俺は寝室まで連れ戻されていた。
ベッドの上に座る俺の頬をするりと撫でた花戸はまるで小さい子に言い聞かせるような口調で続ける。小さく頷き返せば、花戸は嬉しそうに微笑んだ。それから、部屋を出ていく花戸。
満たされたのせいで今度は睡魔がやってきた。
食事して、寝て、抱かれて、寝て、起きてを繰り返す――これ以上、そんな生活だけは堪えきれない。
すぐに眠る気にもなれず、座ったまま花戸のことを考えていた。そんなときだった。
ピンポーン、と来訪者を告げるインターホンが響いた。
――誰かきた。
咄嗟に起き上がろうとした俺は転倒しないように気をつけながらも、扉まで這い擦っていく。扉の向こうでは微かに花戸の足音が聞こえたが、そらも聞こえなくなった。もしかしたら対応しているのだろうか。
来訪者のことが気がかりだったが、この距離からは玄関口で交わされるやり取りを聞くことはできなかった。
――これは、ある意味チャンスなのではないだろうか。
手を伸ばせばドアノブを引くことはできる。けれど、一歩でもミスすれば花戸の逆鱗に触れることになるだろう。
どうすれば、と辺りに目を向ける。そこで、いつの日かのことを思い出した。
あからさまにわざとではないように誤魔化して、尚且つ来訪者に俺の存在を知らせる。
来訪者が誰なのかわからない。それでも、このままなにもしないでいるよりかは、と考えてしまった。
だから、俺は再びベッドの上まで這いずって移動する。そして、ベッドの上からわざと落ちたのだ。
「……っ、ぅ」
一応受け身の用意と覚悟は決めていたが、カーペットが敷かれている現状不要だったようだ。ご、と鈍い音だけが響く。緩和されているが、痛みも衝撃もないわけではない。小さく呻き、起き上がろうとしたとき。
部屋の外から足音が近付いてきた。
花戸だ、とびくりと顔を上げたのと扉が開いたのはほぼ同時だった。
「間人君、どうしたの?」
そして、いつの日かと同じように心配そうな顔をした花戸が駆け寄ってくるのだ。どこかへと出掛けるつもりだったのか、普段の部屋着とは違う外行の服に着替えていた花戸を見上げる。
「お、ちた……」
「落ちた? ああ……痛かっただろう。ごめんね、ちゃんと柵をつけておくべきだったんだ」
言いながら、そのまま俺の身体を抱きかかえようとする花戸に内心ぎょっとする。
そのまま立ち上がる花戸。やつは本気で俺を赤ん坊かなにかだと思っているのかもしれない。
人をベッドへと寝かせた花戸は「痛いところはある?」と俺の腰を撫でてくるのだ。その触り方がただ不愉快で、首を小さく横に振れば「本当に?」とベッドに乗り上げてきた花戸に息を飲む。
「そ、れより……今、誰かきてたんじゃ……」
「ああ、そんなことはどうでもいいんだよ。間人君が怪我していないか確認することの方が俺にとっては重要だから」
「……っ、は、など……」
「違うだろ? ……兄さん、って呼んでくれないか」
「この間みたいに」となんでもないように強請ってくる花戸に血の気が引く。この野郎、と嫌悪感がぶわりと胸に広がるが、堪えた。
この様子だと、来訪者は早々に追い返されたのだろう。
「……兄さん」
「間人君、君は本当に良い子だね」
そう微笑み、花戸は慰めるように俺の鼻の頭に唇を押し付ける。
こいつに媚び諂わなければならないこの現状にただヘドが出そうだった。それでも、耐えなければならない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は腰に回された花戸の手が服の下に滑り込んでくるのを肌で感じた。
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