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今年の春まで、私は既に二回脚本を担当している。去年の冬の特別公演会(大会ではなく、いわゆる特別にみんなで披露するお祭りのようなものだ)と、今年の春大会だ。明日南が少しでも輝けるよう、彼女に相応しい役柄を毎回組み込んできた私である。今回は私の脚本が選ばれることがなかったものの、それでも先輩が書いた脚本でラフテルを演じるのは絶対明日南だとばかり思っていた。多分、脚本を書いた先輩だって、ラフテルは明日南をイメージして書いたはずである。彼女も明日南に投票していたのだから。
つまり、明日南の役者としての魅力は親友としても、同じ演劇部員としても私が一番よくわかっているつもりなのだ。その私が彼女から役を奪うなど、本末転倒としか思えないのだが。
「あー……まあ悔しくないつったら嘘になるよ?アタシも、ラフテルはアタシがやんのかなーって素で思ってたしさ」
でも、と彼女は靴を履き替えながら言う。
「それでもアタシが選ばれなくて、あんたが選ばれたんだ。絶対そこには理由があんだよ。ほら、魚沼さんも言ってたっつーじゃん?あんたに可能性を感じたって。ならきっとそうなんだよ、それを信じておきなって」
「そうだけど、実際私、全然部長や先輩達が望むような演技できてないんだよ。自分でもわかってんだもん、全然ダメダメだって」
「そうかねえ」
「そうだって」
上履きをげたばこに仕舞いながら、ため息をつく。全体的にダメなところはいっぱいああるが、一番は終盤のあのシーンだ。
ラフテルが、ヒロインである主人公に激怒して平手を見舞うシーン。勿論本当にひっぱたくわけではないが、本当にひっぱたいたように見せる演技力は求められることになる。今回の物語は、主人公であるメイドの少女の成長物語となっているのだ。そこは、下の階級とは思えないほどラフテルらに可愛がられてきたヒロインが失礼を働き、思いきり叱られることによって大切なことを学ぶシーンとなっている。つまり、非常に重要な見せ場なのだ。
それなのに。
「私、本気で誰かに怒ったことないの。だから、ラフテルの気持ちがよくわからなくて。確かに主人公のテアは酷いことを言ったかもしれないけど……妹みたいに可愛がってきたメイドを叩くほどっていうのはどういうことか全然わかんなくて。ひっぱたいた後、今度はグーでぶっとばそうとするでしょ、あのお嬢様のラフテルが。そこまで怒る気持ちって、なんなんだろうって」
「あー……みどりって全然怒らないもんね。一年生の時練習ですっごい酷い演技して笑われた時も全然悔しそうじゃなかったし」
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