舞台上のラフテル

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「いや、だって自分でもヘタクソなのわかってたもん。笑われて怒るはずないでしょ」  嘲笑されるなら、その程度の力しかないということ。実際私は自分の身の程をよく知っている。脚本を書くのは少し得意だが、それだって先輩達が幸運にも高く評価してくれたからというだけのこと。私に実力があるからでないことは、自分でもよくわかっているのである。 「……いや。あんたはもうちょい、自分を大事にしてもいいと思うんだけど。人のことを平気でヘタクソって笑うような連中、簡単に許すべきじゃねえよ。アタシ、あの時あいつらブン殴ろうかと本気で思ったからね?」  こういうところが明日南のいいところだよなあ、としみじみ思う。ありがとね、と私は笑った。実力があるのに偉ぶらない、友達のために本気になれる。彼女は本当にいい娘だ。 「みどり。どうしても自分のために怒るのができないっつーならさ、人のために怒る自分を想像してみろって。それもできねーの?」 「人のために?」 「そう。極端な例えだけど、自分の大事な人が事故で轢き逃げされて死んじまってさ。それで、犯人が反省もせずへらへら笑ってたらどう思うよ。ぶっ殺してやりてえって思わん?」 「そ、それはわからなくもないけど……」  学校周りの道は暗いが、駅が近いのは裏門側だ。昇降口を出て二人で裏門に向かって歩いて行きながら、私は唸った。 「想像しても……想像しきれないよ。ていうか、考えたくもないよ、そんな怖いこと。人を殺したくなるほど憎む気持ちなんて、一生知らない方が幸せなものだし」 「あー……例えが極端すぎて逆に無理か。スマン。うーん、しかし説明すんのも難しいねえ」 「ごめんね、理解力なくて」  明日南は優しいし面倒見もいいが、実際人に演技を教えるのには向いてないと知っている。天才肌過ぎる人間は指導者に向かないのだ。感覚で理解していることを言葉にするのは難しいとも言える。  二人でうんうん唸りながら歩いていた私は、ふと校舎の影で喋っている集団を目にした。 ――あ、魚沼さんたちだ。また井戸端会議してるっぽい。  彼女と彼女と親しい二年生、一年生はよくオバチャンのように立ち話をしていることでも知られている。携帯片手に写真を取ったりしているあたりが中高年世代と違うのかもしれないが。  もう遅い時間だし、帰った方がいいよと声をかけようか。そう思った時だった。 「ほんと、今日の川村さんのパニクりぶり受けたよねー」  え、と思った。向こうは離れたところに立っているみどりと明日南に気づいてないらしい。川村。その苗字を持つ演劇部員は私だけである。
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