02

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 それからは、違反者を始末する日々が続く。  初めての任務がトリガーになったのか、俺は刀を振るうことに、獲物を殺すことが次第に快感へとなっていくのだ。  毎晩外に出ては違反者の機体を回収する。  入ってからもずっと俺の面倒を見てくれた久崎さんはその度に俺のことを褒めてくれるのだ。  それが嬉しくて、いつの間にか街の平穏のためから違反者を始末して久崎さんに褒めてもらうために刀を振るうことになっていた。 「いやーお前の刀の腕はすごいな、幸隆! 見込んだ通りだ!」 「いえ、俺なんて全然……」 「謙遜すんなよ、違反者達の中でも話題になってるらしいじゃねえか、すげー強いガキがいるって」 「俺らはそろそろ歳だからなぁ、若えのに頑張ってもらねえとな」 「なにを言ってるんですか、皆さんまだ現役でしょう」  地下にあるアジト、その食堂。   酒を片手に盛り上がる隊員たちになんだか居た堪れなくなるが悪い気はしなかった。  実際、思っていたよりも違反者たちの手応えは薄い。  努力せず不相応の力を得たものに負ける気など欠片もしないが、それでも呆気なく感じるくらいだ。  それはお前が強いからだと久崎さんは言っていたが、そうだとしたらますます機械化計画には拍子抜けだ。 「ほら、飲め飲め、今日の主役はお前だ、上坂!」 「い、いや、あの……俺まだ未成年なんで」 「なんだ、まだ未成年だったのか?!」 「気にすんな気にすんな! 俺らが上坂ぐらいのときはガンガン飲んでたぞ!」  それはそれでどうなのだろうか。  隊員たちの熱気に気圧されそうになっていた時だった。  食堂の扉が開き、数名の部下を引き連れた司令官が現れる。  瞬間、水を打ったように静まり返る食堂内。  無理もない。司令官がこうして自ら出向くときは大抵、非常時しかないのだ。 「久崎隊長、緊急任務だ」  そして、どうやら目的は久崎さんのようだ。  そんないきなりの司令官の言葉に狼狽えるわけでもなく、先程まで騒いでいた久崎さんは表情を固くした。 「悪いが……今すぐ出れるか」 「俺はいつでも構いませんよ。けれど、珍しいじゃありませんか。貴方がわざわざここまで来るなんて」 「――月見が出現した」  その単語に、周囲の空気が一瞬にして変わるのがわかった。水を打ったように冷える空気。そして、ざわめく血。  月見嘉音(つきみかのん)。それは人名だというのを俺は知ってる。  そして、かわいらしい響きとは正反対で、違反チップ利用者の中でも凶悪でその未知数の能力の持ち主なことからブラックリスト入りしている人物だった。そして、何人もの隊員を殺している殺人鬼でもある。  そんな月見嘉音の討伐に、久崎さんが。 「……わかりました、場所は?」 「今不浦に探らせている。すぐに出られるように待機していろ」  それだけを言い残し、司令官は食堂を後にする。  緊張の糸が切れたように一斉に隊員たちは口を開いた。 「よりによって月見か……」 「しかしまあ、久崎なら大丈夫だろ」  先ほどの沈黙が嘘みたいに各々好き勝手言い出す隊員たちに久崎さんは「持ち上げすぎだ」と笑う。  けれど、お世辞でも何でもない。  久崎さんの実力は俺の非にならない。  肉弾戦は勿論だが、彼は狙撃の名手でもあった。  何十メートルも離れた場所から確実に頭を吹き飛ばし、一瞬で違反者たちの集団を全滅させたのを間近で見てからそれは肌で実感した。  それでも、相手はシリアルキラーの月見嘉音だ。それに、何をしてくるかわからない違反者でもある。 「ま、そういうわけだ。ちょっと席を外す」 「……俺も行きます」  気がついたら、口が勝手に動いていた。  久崎さんが弱いとは思わない。けれど、月見に挑んで死んだ他の隊員たちを見てきたせいか、黙って見送ることは出来なかった。 「幸隆、お前」 「お願いします、ご一緒させて下さい。足手まといにならないようにしますから、お願いします」  そう、土下座する勢いで頭を下げれば、久崎さんはぎょっと目を丸くした。「おい、頭をあげろ」と困ったように笑い、そして。 「……誰が置いていくなんて言ったよ」 「……え?」 「上司命令だ。これも社会勉強だ。……着いてこい、幸隆」  ぽん、と頭に置かれる大きな手の感触に俺は目を見開く。  恐る恐る顔を上げれば、微笑む久崎さんがそこにいて。 「……っはい!」  一気に全身に神経が通ったような、そんな感覚だった。  久崎さんの助けになりたい。  久崎さんの力になりたい。  久崎さんに、認めてもらいたい。  込み上がる欲望を抑えるよう、俺は常に腰に携えている日本刀の鞘を握る。  月見嘉音は一筋縄ではいかないだろう。  けれど、もしそんな相手を倒すことができたら?  ……いや、殺してやる。そして褒めてもらうんだ、久崎さんに。  そう心に決め、俺は数人の隊員たちとともに月見が現れたという夜の街へ繰り出した。
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