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白猫
「そんなことが」
「ああ」
「その猫はどうなったんでしょうね」
「そうだな。防災無線でも流れてこない」
「猫擁護派の市長になるのを待ちますか」
11月の雨上がりの早朝、点検に訪れた畑の前でいもがらにあの日のエピソードを話すと、彼は手に持ったダンボールの中の白と黒、二匹の子猫の頭を撫でた。
「この辺りでは今では野良はあまり見ません。保護されていい飼い主に巡り合えていればいいですが」
「だな」
「もしかしたらこの子たちの母親かも」
「あの日逃げたのは白い猫だった」
「それなら可能性はあります。この子らの母親は白い猫です」
私は毎朝日課にして散歩がてら畑に寄ることにしているが、雨が降り続いたため三日ぶりにここに来ると、いもがらが子猫を入れた段ボールを持って私を待っていたのだった。
いもがらは郵便局員で、この畑を私に貸してくれている農家でもあった。
先日、いもがらの自宅の物置の陰で野良猫が子供を三匹産んだらしい。
一匹は預かり手が見つかり早々に貰われていったが、残り二匹の預かり手が見つからず、今朝はそのことで散歩の私を待ち構えて声をかけたようだった。
「気持ちは分かるが、猫アレルギーだ。すまない。家では飼えない」
「そうですね。これは失礼しました」
「あてはあるのか?」
「ええ、まあ。どうしても見つからなければ、さっき言ってた猫を保護する団体にも連絡してみようと思います。何とかなるでしょう。親猫の方は私が面倒を見ます。それより」
「なんだ?」
「それより、今日、坊ちゃんは?」
私は今朝、権藤を連れてきていなかった。
「妻が一週間ほど仕事を休んで家にいることになった。今は妻がみている」
「奥さん、どこか悪いんですか?」
「まあ。悪いと言えば悪い。大したことはない」
「そうですか。お大事にしてください。それから、じゃがいもですが」
私の畑では夏の終わりに植えたジャガイモの茎がいい具合にしおれ、そろそろ獲りごろのサインを示していた。
「もう獲ろうと思っていた。霜が降りる前に収穫するように書いてあった」
「勿論そうです。でも、土が乾くまでは待ってください」
「なぜだ?」
「芋に水分が残って腐りやすくなります」
「そうなのか」
「ええ。しばらく晴れが続きます。二三日後がベストです。それでは」
いもがらはそう言うと踵を返し、猫のダンボールを持ったまますたすた歩いて行ってしまった。私は一人、早朝の畑の前に残される形になった。
それが、いつものいもがらと私だった。
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