願い

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「えー、続いては、昨日発生した前代未聞の事件、未確認生物についての新情報をお伝え致します」  テレビの映像が切り替わった。街頭インタビューを受ける一般女性が1人映し出される。「20代女性・会社員」という画面下の字幕。そのすぐ上に、「Q. よく行くランチのお店は?」という新たな文字が出る。女性は考えるように顎に人差し指を当て、ふと視線をインタビュアーから横に写した。彼女の後ろを、若さならではの肉肉しい女子高生が通り過ぎる。一緒にいた痩せ型の友達はカメラに気付き、手を振る。その瞬間、インタビューを受けていた女性の背中から巨大なミミズのような触手が素早く肉肉しい女子高生の身体に到達し、ギュッと巻き付いた。瞬時に女子高生が触手の女性の方へ引っ張られる。カメラに近づくかたちになり、まだ事態を飲み込めていない呆然とした顔が画面いっぱいに映る。触手によって一旦また画面奥へと押しやられる。カメラが揺れる。ずれる。戻る。カメラは映し続ける。触手の女性は元の位置のままで、堂々とカメラに写っている。カメラが大きく揺れる。背中からの触手は今や数えきれない。とうもろこしの髭のように細かく、イソギンチャクのようにぬるぬると湿っぽく光っている。次の瞬間、触手の女性の顔が伸びた。正確には、下顎だけが足元までストンと落ちた。縦長に約130cm程開いた口の中から、背中と同じ触手が背中よりもやや少ない本数伸びている。そして口の入口丸一周、全て犬歯がぐるりと蔓延っていた。口の奥にもそれらの鋭い歯らしきものが乱雑に突き出ている。ここで初めて周囲から悲鳴がパラパラと上がった。周りの全員が注目し、スマートフォンのカメラを構えていた。笑っている者も多くいた。特撮だろ!と明るい音声も入っている。女性はキョロキョロと周りに視線を走らせた後、何かに納得したように触手の先の女子高生に再度視線を移した。その場で泣き叫んでいるのはその女子高生だけだった。触手の女性は笑った、ように見えた。これまで縦長だった大きな口が、横にも広がった。この世のものとは思えない形相だった。女子高生を巻きつけた触手がピクッと動き、女性の方に引き寄せられる1秒前といったところで無理矢理映像が切り替わった。次の映像は自衛隊の施設のようだった。要塞、牢獄、そんな言葉が浮かぶ外見だった。写されたのは、その重厚な建物、そして厳重な警備体制を示す武器を持った大量の自衛隊。映像の中ではヘリコプターも複数飛行している。彼女の映像は(少なくとも“例の事件時”の映像以外の姿は)一切映されることはなかった。背景映像は冷たく硬い灰色の建物のまま、字幕が出た。「未確認生物として捕獲、上川たか子(28 )・会社員」  僕の幼なじみだった。  まず、顔が似てると思っていた。たまたま生放送でインタビューの映像を見たときだ。顔にあるほくろを見つけ、確信を持ってハッとした。たかちゃんだ!と。幼なじみの些細なテレビデビューにドキドキしたミーハー心は、引き続き流れた衝撃映像により弱小の魑魅魍魎のように滅殺された。  たかちゃんとは実家が近く、幼稚園も小学校も一緒だった。もともとは母親同士の仲が良く、子どもである自分達も自然と一緒に遊ぶようになった。異性同士だったが、小学校二年生が始まってすぐの頃まで、よく遊んでいた。たかちゃんが引越しをするまで。 「現在のUMA0802の様子は、非常におとなしく、眠っている可能性が高いとのことです。外見は人類と同様の姿に戻っており、今後は会話での意思疎通も試みていく模様です」  事件の目撃者は多く、いくらテレビ局が未遂のところで放送を止めても、現場で撮っていた一般人のスマートフォン映像が流出し、拡散され、各SNS関連会社等は投稿の削除等を含め対応に追われていた。文字のごとく、前代未聞の事態だった。  未確認生物、英略称ではUMA。いわゆる宇宙生物のことである。たかちゃんこと上川たか子は、全国生放送中に人類を1名捕食し、宇宙生物として厳重に捕らえられている。  たかちゃんが宇宙人だったことは、思い返せば昔から知っていた。否、昔から気づいていたが、正式に認識したのは今回の騒動である、という方が正しい。  たかちゃんは、砂場の砂を手を使わずに宙に浮かせ、砂団子を作るのが上手だった。シャベルやバケツも手を使わずに持っていた。先生や親に言っても、誰一人信じなかった。周りの友達に言っても、ほとんど信じなかった。けれど当時僕も誰が信じようと信じまいと、特にどちらでもよかった。たかちゃんはいつも僕を含め誰にもできないことをしていて、それを当たり前に見ていた僕は、たかちゃんはそういう人なのだと受け入れていた。クレヨンが折れても触っただけで元通りにしていたし、たまにものすごく大きな口であくびをしていた。  そんな仲良しのたかちゃんは、ある日お父さんの仕事の都合で地方に引越してしまった。まだ小さかった僕は、自分の家からとても遠い、日本の端っこということしか知らなかった。なぜかお互いに連絡手段も持たず、使わず、そのまま僕たちの関係性と記憶は頭の隅の隅の方に追いやられていた。  テレビの画面を通して久々に会ったたかちゃんは、子どもの頃から全然顔が変わっていなかった。すぐにたかちゃんだと思い、昔の記憶だって一瞬は蘇った。  たかちゃんが宇宙人だということを、僕はきっと昔から知っていた。知っていたのに、知らなかった。知らなかったけど、知っていた。いつも僕ができないことができて、他の友達と違っていて、魅力的だったたかちゃん。近所で、いつも一緒に遊んでくれたたかちゃん。人間という、僕と同じ種族じゃなかったたかちゃん。僕と離れた後、どんな人生だったのだろう。インタビューの映像では、明るく元気そうだった。たかちゃん。苦しいこともあったんじゃないだろうか。現に今、あの冷たく硬く暗い牢獄の中で、苦しんでいるのではないだろうか。たかちゃんはどうしたらよかったのだろう。これからどうしたらよいのだろう。たかちゃんが捕まらない、また僕と一緒に遊べる世界にならないのだろうか。どうしたらなるのだろうか。たかちゃん、たかちゃん、たかちゃん。
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