CASE.08『デート・オア・デッド』

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「デートって……」 「あ、いや、ごめん。変な意味じゃなくてその、遊びに行こうって言おうと思ったんだ」 「……良平と?」 「うん。たまにはほら、息抜きも大事っていうから。……俺、トリッドよりはこの世界に長くいるし」  そう少しだけ胸を張ってみせれば、紅音は「なんだよそれ」と少しだけ笑った。  こんなことでしか紅音に威張れない自分が情けなくなると同時に、ようやく昔のように笑ってくれる紅音に安堵する。 「ノクシャスさんには、俺の方から聞いてみるよ。だから、どこか一緒に出かけよう。……どうかな」 「……そうだな、良平の言う通りかもしれない」 「トリッド」 「お前に任せるよ、良平」  諦めたような、それでも力の抜けた表情を見て少しだけ安心した。  それから今日は紅音を早めに休ませるため、俺は紅音を部屋へと送る。それから解散することになった。  つい勢いであんな誘いをしてしまったが、先日のこともある。外出する前に諸々の確認してた方がいいよな。社内にも色々娯楽施設はあるものの、仕事から離れるためにはやはり外に出るのが一番なのは間違いないだろうし……。  そんなことをぐるぐると考えつつ俺は自分の部屋まで帰って来る。  何気なく扉を解錠し、中へと入ったと同時にスーツのポケットの中にしまっていた端末が反応した。無雲からだった。  任務終了という簡素な文字に、そういえばずっと無雲が見守ってくれていたのだと思い出した。  ありがとうございます、と返信したが、ちゃんと届いているのかは不明だ。  俺は取り敢えずノクシャスさんに紅音の休みの件について相談したいとメッセージを送り、それから風呂に入ることにした。  そして風呂上がり、ほかほかと湯だった体が冷める前に部屋着に着替える。それからヴィランたちに人気の遊び場を調べることにした。  今回の相手は紅音だ、ナハトさんとは違う。デートというよりも友だちと遊べる場所がいいのだろうが……見る限りどこも命が危ぶまれそうな場所しか出てこない。わんにゃんランドは相変わらず閉鎖中みたいだし、と考えていたときだった。部屋のインターホンが鳴った。来訪者を確認すれば、カメラから見切れる大柄な男の姿を見てノクシャスさんだとすぐにわかった。  俺はデバイスをそっとテーブルに置き、そのまま小走りで玄関へと向かった。 「の、ノクシャスさん……っ! わざわざ来て下さったんですか?」 「別に、たまたま帰る途中だったから寄っただけだ。……あいつのことで話があんだろ? 邪魔するぞ」 「はい、どうぞ 」  そのままノクシャスを招き入れ、俺はしっかりと扉を施錠した。 「ノクシャスさん、すみませんお忙しいところに……」 「別にいいんだよ、つか、顔見て話したほうが早えし。それに……」  そう、何かを言いかけたノクシャス。ノクシャス用のグラスにジュースを注ぎ、それをテーブルまで運べば、ちらりとこちらを見たノクシャスと目があった。 「どうかしましたか?」と尋ねれば、「なんでもねえよ」とノクシャスはそっぽ向いた。 「あ、ピザも頼みますか?」 「飯は今いらねえよ。ってか、お前も座れ。んなことしなくていいから。話があんだろ」 「は、はい! そうでした……」  では失礼します、とノクシャスの隣に腰を下ろす。少しだけ太腿同士がぶつかった瞬間、ノクシャスの分厚い体が反応した、気がした。 「あの、トリッド……紅音君のことで相談があるんです」 「休みをくれてやれってことだったよな。別にそりゃ構わねえよ、元よりあいつは今ろくに動けねえ状態だったからな」 「それって……やっぱり、新しいレッド・イルが現れたってやつですか?」  ここ最近ノクシャスが忙しそうにしていた理由もここに収束する。  もし、万が一紅音と新生レッド・イルが鉢合わせになったとき、紅音の記憶が蘇るトリガーになってしまったときのことを考えたくなかった。 「かと言ってこっちからあいつを休ませて変に不審がられても面倒だからな。ここ暫くはあいつが居なくても問題ない仕事を回してたから、ちゃんとあいつから休むって言い出すんなら丁度いい」 「ノクシャスさん、ありがとうございます」 「けど。どうせそれ、あいつが言い出したわけじゃないんだろ」 「え、どうして……」 「一緒にいりゃ分かる。元からそういうやつだったのかは知らねえけど、自分を追い込むのが普通と思ってやがるからな」  小さなグラス(俺にとっては標準サイズではあるが)を手にしたノクシャスはそのまま中身を喉に流し込む。ノクシャスの言葉に、胸の奥が少しだけちくりと痛んだ。 「……紅音君は昔から真面目だったんです。優等生で、休み方がわからないっていうか……休む必要性を感じないタイプで」 「……」 「でも、今日話した感じ大分紅音君参ってた感じだったんで……」  そう声を絞り出せば、ぴくりとノクシャスのこめかみが反応する。 「参ってた?」 「はい、なんというか余裕がないというか……ちょっと喧嘩、みたいな感じの流れになったんですよね」 「……聞かせろ、その話」 「え?」 「あ? なんだ、都合悪かったか?」 「い、いえ……そういうわけでは……」  あるかもしれない。  ノクシャスとも前に好きな人の話になって少し気まずくなったことを思い出し、もじもじと膝小僧を擦り合わせる。 「なんだよ」と覗き込んでくるノクシャス。 「え、えーっと……その、す……」 「す?」 「好きな人の、話になって……」  そうボソ、と口にしたとき、ノクシャスの動きが一瞬止まる。あ、まずい。と思いながらも「それで、その」と口をもごつかせてると、ノクシャスはその長い脚を大きく組み直した。足同士がぶつかる。ノクシャスさん、と顔を上げた俺はそのままひっと息を飲んだ。 「……どうした、続けろ」  こんな凶悪な笑顔、見たことない。  体が縮み上がらせながら、恐る恐る説明することとなった。
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