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4 舟出の友人
刀が振り下ろされるか否か、という瞬間、岩陰から勢いよく槍が突きだされた。刀が弾かれる。
勢いのままに巻き上げられた刀は、仙太の手を離れ、空を舞い、地面に落ちた。
今度、呆気に取られたのは仙太だった。
ぬうっと黒い影が現れる。気配なく忍び寄り、槍を繰り出したのは、熊吉だった。
入り江の斜め上、窪んだところから雲雀が飛び降りてきた。二股に別れた短い棒を構えている。
三人の顔を順番に見遣って、俺は口をひらいた。
「新しい友達を紹介しようと思って、いたんだ。驚かせようとした。しかけるつもりはなかった」
俺は仙太の横を抜けた。続いて二人の間を抜ける。
二人は今の話を聞いていたはずだ。合わせる顔がなかった。
熊吉と雲雀が、次々に怒鳴った。
「ギン、お前が何者かはどうでもいい! お前はおれにとって、戦場で背中を預けた大事な仲間だ」
「そうだぞ。オレらを舐めるな。自分の友達くらい自分で選ぶ!!」
視界が滲んだ。
顔を上げる。
背後を振り返る。
熊吉と雲雀の背中が見える。奥に仙太がいる。ぼうっとした目で俺を見ている。俺を逃した仙太が生きていく術は、ないかもしれない。
その仙太の口が動いた。
「逃げろ」
「え?」
呆然と聞き返す俺を尻目に、雲雀が素早く身を翻した。岩場に向かって走る。熊吉が僅かに態勢を変える。
少しして背後から雲雀の声がした。
「乗れ!」
岩陰に隠していた小舟だ。
俺と熊吉が身を翻した。舟に飛び乗る。
「──せん」
仙太、お前も、と言おうとした直後だった。
仙太が面を胸に抱いた。宝物を守るような仕草だった。
「僕が、貰っても、いい?」
俺は大きく頷いた。
仙太が松明を手にした。何かに火をつける。ひゅるると上空に何かが飛んで、ぱあんと弾けた。
風が逆向きに吹き始めた。
陸から吹き降ろされる風に、鬼の匂いが混じりはじめる。
入り江の作りも、出入りの仕方も、俺たち二人はよく知っている。この風は今しか吹かない。最短で入り江を抜ければ逃げ切れる。
熊吉が勢いよく小舟の帆を上げた。
どうっと勢いよく風が吹いたのと、入り江に次々鬼が飛び降りてきたのは、同時だった。
どんな取引をしたのかはわからない。
鬼に傅かれた仙太が、赤ん坊みたいな目で、俺をじっと見ている。
雲雀が舵を切る。あっという間に入り江を抜ける。
鬼は追ってこなかった。
仙太の姿がみるみる小さくなっていく。
小さな頃の友達の姿が見えなくなるまで、俺はずっと、入り江に目をやっていた。
【終わり】
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