0人が本棚に入れています
本棚に追加
「おわったー」
京子は安堵のため息をつきながらいすの背にもたれかかった。
「お疲れ様。やっぱりパソコンを使う方がいいんじゃない?慣れれば執筆も早くなるし、手も疲れにくくなると思うよ」
夫の孝だ。京子の右手は鉛筆の汚れでまっ黒になっており、中指には絆創膏が貼られている。
「うーん、考えてはいるんだけどね。やっぱり手書きの方が集中できるの。出版社に渡すにしても、紙よりデータの方がずっと手間がかからないと思うんだけど」
京子は少しうき上がった絆創膏を左手でおさえつけながら答えた。予想通りの答えだったため、孝もそれ以上は勧めなかった。
「そっか。…もう6時だね。今日はこれから出かけるんだったね」
「ええ、小学校の頃の同窓会よ。Aホテルで6時開始だから、少し遅刻だけどね」
京子は嬉しそうに微笑んだ。孝はそれを見ておや、と思った。京子が本の話以外でそういう表情を見せるのは珍しい。
「そっか。懐かしいでしょ。楽しんできてね」
「ありがとう。また帰るときメールするね」
京子は急いで出かける準備をし、大通りのバス停に向かった。Aホテルまではバス1本で行ける。20分ほどだ。タイミング良くやってきたバスの座席に座り、やっとひと息つくことができた。
(みんなどうしてるかな)
ペットボトルのお茶を飲んでのどを潤しながら、京子は自分が小説を書き始めた頃のことを思い返していた。
最初のコメントを投稿しよう!