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「幸せになれよ、新郎!」
西川友春のスピーチは真摯な挨拶と熱い友情エピソードで披露宴をわかせた。
「お疲れ。何か飲むか?」
新郎の高校時代の友人席には俺のほかに三人座っていて、スピーチを終えた西川を出迎える。
「とりあえず酒飲みてえ」
「ビール? それともワイン?」
「ビール」
俺はビールを追加で注文する。友人代表のスピーチを終えた披露宴は、続いて新郎新婦のスライドショーへ移っていく。
スライドショーの最中、西川は手元の料理に手をつけず、ビールが来るまでの間ひたすらうつむいていた。実はスピーチの前にすでに飲んでいたのだ。
西川の顔は耳まで赤くなり、飲みすぎているのは誰の目にも明らかだ。
しかし酔っ払いが功を奏したのか、スピーチは大成功だ。西川はスピーチの内容に新郎ーー中村健斗との取り留めのないエピソードを織り混ぜ、西川本来の涙もろさも相まって、後半になると泣きながら中村との思い出を語った。
友人想いの西川の姿に新郎新婦はもちろん、会場全体がほろりとした気分になったのだ。
やがて追加のビールが西川の元に届くと、彼はグラスをあおり、中身を一気飲みして、すこしむせた。
「なあ、西川。外の空気吸いに行くか?」
スライドショーが終わり、披露宴は余興の時間になる。余興は新婦側の関係者が企画したものらしく、抜け出すなら今だと思った。
「……タバコ吸いてえ」
俺はふらつく西川を支え、会場内のスタッフに断りを入れ、披露宴を抜け出した。
◇
「ここは喫煙所じゃないぞ」
「わかってるよ。んなこと」
俺たちは式場の裏手にあるガーデンテラスのベンチに腰を下ろした。
西川はスーツの内ポケットからタバコを一本取り出し、ライターで火を点けようとする。しかしその手はガタガタと震え、見ているこちらがイライラしてしまう。
「貸してみ」
「うん」
西川からライターを受け取った俺は彼のタバコに火を点ける。
「サンキュー」
西川は大きく煙を吸いこみ、またすこしむせた。西川が酒もタバコもやらない人間だと知っているのは、俺と新郎の中村くらいだろう。
「西川さあ、お前どうして来たんだよ」
「どうしてって、俺が来たかったから来たんだよ。中村からスピーチ頼まれたし」
「断りゃよかったのに」
「断れるわけねえだろ……あんな笑顔で言われたら」
西川は青々とした空を仰ぎ見る。
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