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「お前はさ、知ってるだろ。俺と中村のこと」
「知ってるから俺は聞いたんだよ。どうして式に参加したんだって」
西川と中村は高校時代に付き合っていた。
俺たち三人が知り合ったのは子供の頃からだが、西川と中村がそういう関係になったのは高校に上がってからだ。しかしふたりの関係は大学進学とともに自然消滅したらしいが、西川は中村に未練があった。
俺だけが知っている西川の秘密だ。
「あいつの晴れ姿を一目見れば、俺も吹っ切れると思ったんだ。でもダメだった。無理だ。俺は……俺は、自分が思っていたよりもあいつに未練タラタラらしい」
実際に西川はヴァージンロードを新婦と歩く中村の姿を見ただけで泣いていた。周りから見れば感極まった友人のひとりにすぎないだろう。それに当の中村も気づいていない。
俺だけが知っている西川の姿だ。
「……どうして俺は女に生まれなかったんだろう」
タバコは半分灰になっていた。俺は西川から吸い殻を奪い取ると、短くなったそれを口にくわえる。
恋に焦がれるのはお前だけじゃない。
口に出せたらどれだけ楽になるだろうか。
「戻れそうか?」
「ああ」
「目薬使う?」
「いらん」
「そっか」
ベンチから立ち上がった西川はぐっと背伸びをし、両肩をごりごりと回す。
「あー、肩がこった。俺らももう若くねえな」
「あのころから十年近く経つんだ。そりゃ歳も取るさ」
「そうだ。中に戻る前に、お前に言っておくことがある」
「なんだよ西川。そう改まってさ」
「俺と中村はあくまでダチだ。だからお前もそうふるまってほしい」
「……俺たちはこれからも高校時代みたいな関係性を維持する。そういうことか?」
「ああ、そうだ」
「つらくないのか? お前はしんどくないのか?」
「中村はもう俺の元彼じゃねえ。あの綺麗な嫁さんの旦那だ。そりゃ本音はつらいさ。だけど、俺にはまだお前っていうダチがいるからよ。これからもよろしく頼むぜ」
「……ああ。一生の友達だ」
「てかお前が結婚するときは俺も呼べよ。今回みたいに盛大なスピーチしてやるから。『友人代表・西川友春』ってな」
「俺は結婚しねえよ」
「わかんねえだろ。人生これからなんだから」
西川、お前にはわからないだろうな。
友人から抜け出したいと望んでいる男がすぐ隣にもいるってことに。
俺はすっかり灰になってしまった吸い殻を携帯灰皿にしまった。
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