1 キラー・チューン

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肩の力を抜こうと、ことさら大きく息をつく。 ふう。 どっと疲れが全身をおおい、同時に、音楽が耳に入ってきた。 最近人気のキャラクターを主人公にしたアニメの主題歌だ。 店内で音楽が流れていることさえ、気づいていなかった。  やたら明るい曲調が、ついさっきまでの状況とあまりにかけ離れていて、まるで別空間に来たみたいに思えた。 *  チョコパフェ二つとキャラメルラテ、そして自分が飲んだコーヒー、合計3,142円。 レシートを財布から取り出し、デスクに置いた。 手付金の七千円と、交通費も合わせると昨日の出費は、薄給のOLにはけっして安くない額だ。 さらに、貯金もなくなるだろう。 それどころか借金を背負うことになるかもしれない。 しばらくの間、ランチは前の日の残り物でガマンしないといけなさそうだ。  仕方ない。これでようやく気が休まる日が訪れるのだから。 「おいおーい、昼休みにぼけーっとしてるのは責めないけどさあ」  この世で一番聴きたくない声が背後から降ってきた。下っ腹がギュッと苦しくなる。 「みちるさんは、みんなより遅れてるんだからぁ、そのあたりは考えながら過ごしてほしいんだよねえ。 ぼんやりしてる時間に給料出てるわけじゃあないからさあ」  みんなはランチに出てて職場にわたし以外いないことを確かめた上で言っている。 周りに人がいるときは、やたら優しそうな声で、遠回りに嫌味を言ってくるのだから。  そもそも、遅れてしまったのは、お前が意味のないやり直しをさせるからなのに!  そんな思いは湧いてくるが、言葉は出てこない。 汗が出るばかりで顔もあげられない。 不快感が毒のように全身を巡っていく。 あと五時間半もここにいないといけないのかと思うと、気が遠くなりそうだった。  その時、昨日の言葉が頭をよぎった。 ――よく観察してみなよ  そうだ。 ハルさんに息の根を止めてもらうためにも、こいつの動きをちゃんと観察して伝えないと。  力を込めて顔を上げ、奴の背中を見る。  肩を回しながら首すじを手で揉んでいる。身長は180cmくらいか。いかり肩の割に細い首が白シャツから出てる。  その上にある頭が突然、振り返り、目が合った。 慌てて視線を落とす。 「ああ? なに睨んでんですかあ? 文句でもあるのかなあ」 ドスの聞いた声を出しながら、睨みつけてきた。  とその時、職場の人たちの声が廊下から届いた。 「チッ」と舌打ちして、席に戻っていった。  もうすぐ消える、消してもらえる。  呪文のように何度も心の中で繰り返した。 つづく
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